ぎこちない笑顔



 八月、一ヶ月以上もの長期の休みということで寮は閉めてしまうため、帰省先のない彩は俐音の家に来ていた。

 最後に会ったのは終業式の日で、七月いっぱいは寮が開いていたから彩は寮にいた。
 そして一週間ぶりくらいに会う彩の様子は明らかにおかしかった。

「いらっしゃい、彩さん!」
「あ、はい、はじめまして……」

 インターホンを押した途端、白衣を着た男が玄関を開けて出迎えてくれたことに動揺しているらしく、なんだか会話が噛み合ってない。

「いらっしゃい。その男は気にしなくていいよ。空気だと思って」

 玄関を占領している菊を端っこに追いやって、俐音は彩を家の中へ入れる。

「えぇ、ちょっとそれはヒドくないデスか? 家主デスよ!?」
「だってうるさい……。彩もリアクションに困ってる」
「俐音と一緒に歓迎させてくれたっていいじゃないデスか。ユーアーウェルカムな気持ちを表現したいじゃないデスか!」
「……どんな気持ちだよ!」

 唖然と見守る彩の手を引いてニ階へと上がる。
 菊が何か言ってるけど、俐音は完全無視を決め込んだ。
 相手をすれば調子に乗るだけなのだという事を嫌と言うほど知っているから。

 部屋に着いてからも、彩の表情はどこか表情がぎこちない。

「緊張してる? ここには私とあのアホしかいないから寛いで」
「ありがと……」
「うん、で、さっきからずっと様子おかしいけど、何かあった?」

 初めは菊がいるからかと思ったが、どうやらそれだけではないようだ。
 そわそわしているというよりも、どこか上の空といった感じがした。

 俐音の考えは的を得ていて、ここに来るまでも悩んでいた事があり、何をしていてもその事が気になって仕方がない。

 彩はちらちらと俐音を見ながら話したものかと散々迷った末にようやく口を開いた。

「あ、あのね……」
「ストップ!」

 折角の決意を挫くかのように俐音は彩の口に手を添えて黙らせ、ドアの方を睨み付けた。
 彩にはただ閉まっているドアだけしか見えないが、そこを憎々しげに見ている。




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