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 俐音と別れてすぐ「お願い離して」と騒ぐ成田から手を放して神奈は立ち止まった。
 成田はよれた制服を直しながら珍しいものを見る目で神奈を見て笑う。


「俐音なんて女の子みたいな名前だなぁって思ってたら、見た目もそんな感じだったね。厳つい子じゃなくて良かったぁ」
「口説くなよ?」
「しないよ! オレそんなに飢えてないから」

 成田が女と付き合いだすようになったのは何時くらいからだったか、神奈は覚えていない。
 出逢った頃からだと言われれば、そうかもしれないと納得してしまうだろう。

 顔のいい成田の周りにはいつも何人もの女子がいた。

 成田に言うつもりはないが、もっと他にやる事ないのかと思うときもたまにある。

「それよりさ、珍しいよね。響はあの子いいんだ?」
「お前こそ、大丈夫かよ」
「あー、うん。多分いけそうな気がする。まだ分かんないけどね」

 コイツがこんな事言うなんてそれこそ珍しい、そう思いながら神奈は校門とは別の方向へと歩いていった。





「お帰りなサイ、俐音」

 帰宅すると、待ち構えるように入り口に立っていた白衣の男に出迎えられた。

「ただいま。菊」

 いつもは部屋に籠もってなかなか出てこないというのに、俐音が帰ってくる時間を見計らってわざわざ玄関で迎えるくらいに、心配していたのだろう。

「どうでシた? 学校は」
「悪くないよ。カッコいいバカと綺麗な二重人格がいて奇妙だった」
「へ? 何デスか、それは」
「友達」
「友達……。そうデスか」

 菊は俐音の口から出てくると思わなかった単語に驚いたが、優しく笑って「良かったデスね」と俐音の頭を撫でる。

 俐音から話し掛けたのか、話し掛けられたのかまでは分からないが、どちらにせよきちんとコミュニケーションは取れたらしい。

 特殊な環境にあって人付き合いというものをあまりしてこなかった俐音だから、心配していたのだがどうやら杞憂だったと安堵したのだが、されるがままになっている俐音を見ながら、菊はふと別の不安が過ぎった。

「くれぐれもバレないようにしてくだサイね」
「大丈夫。……多分、だけど」

 成田が“ちゃん”をつけて呼んでくるのを思い出して言い澱む。
 深い意味があったとは考えにくいがドキッとさせられたのだ。

「アナタが女の子だってバレたら大変なことになりマスよ」
「うん、わかってる……」

 こんな格好をしてまで、"学校"という場所にしがみついていたいと願ったのは自分だ。
 そしてその場所を与えてくれた菊達。

 絶対にバレるわけにはいかない

「……」

 俯いて黙ってしまった俐音。

「さ、中に入りまショ。昼食作ってマスから食べてくだサイ!」

 菊は沈んでしまった俐音の思考を浮上させるようにパン、と手を叩いて話題を切り替えてニッコリと笑った。

 俐音は一瞬キョトンとするが、すぐに

「それ、ちゃんと食べれるか?」

 と言って小さく笑った。

「大丈夫! 死にはしまセンよー。ちょっと有毒なモノが含まれてるだけで……」
「そんなもん食わすな! もうお前は一切キッチンに近づくの禁止!」

 この半年で日常になりつつある俐音とのこんなやりとり。

 学校での生活でもきっと新たな日常が俐音を待ち受けている。
 それがこの子にとって少しでも幸せに繋がるものであればいい。

 菊は声を荒げる俐音に笑いかけながら、切にそう願った。



end



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