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「貧血だね。他は特に異常はなかったよ」

 町にある小さな診療所に駆け込んで、診察してもらっている間ずっと神妙な面持ちで見ていた緒方が息を吐いた。

 そして今はカーテンで区切られた向こう側で眠っている俐音の方を見た。

「良かったぁ」
「いや、貧血を侮っちゃダメだよ。酷いと今回みたいにパッタリ倒れちゃうから。特に女の子はなり易いしねぇ。気をつけてあげなさい」
「女?」
「ええ、女の子。ぐぇ……っ!!」

 急にカエルが押しつぶされそうになったような、人間の声帯では普通表現し難い音を出して医師は机に突っ伏した。

 それはカーテンの向こう側で俐音を看ていた看護師が無言で医師の背後まで歩いていったかと思うと、全体重をかけてイスの背を机に向かって押した為、医師のお腹が机に激突したのだ。

「何するんだね!? このイスはキャスターだから無闇に押すなといつも言っているだろう!!」

 何かにつけていつも押されているらしい医師は激痛に耐えながら精一杯に涼しい顔をしている看護師を睨みつけた。

「おほほほ、スミマセーン。でも余計なことばかり宣(のたま)いやがると天誅がくだりますわよ。あなた方もコイツが言った事なんて忘れて下さいね」
「コイツって言うな、先生と呼びなさい!」
「やだわ、センセイったら子どもっぽい」

 口を挟む隙を与えられない神奈達は、まるでコントのような二人のやり取りを呆然と眺めるしかない。
 そんな中、一番に我に返った小暮が咳払いをする。

 二人に気づいてもらう為と、自分の気を取り直す為だ。

「その、鬼頭が女の子っていうのは……」
「ん? まさか君達は彼女が男の子だとでも思ってたのかね。どう見たって女の子だろう」
「はぁ……いや、まあそうなんですけど」

 確かに外見は女そのものだが、まさか性別を偽ってまで男子校に通っているとはなかなか考え付かない。

 医師はその事情までは知らないので仕方がないのだが。

「じゃあ、じゃあ俐音ちゃんて女顔じゃなくて本当に女の子だったんだ?」
「疑り深いね。だったら証拠でも見せるか」
「全く…どうしようもない医者ですこと」

 看護師はそう言いながら医師の首に手刀を綺麗に入れて気絶させてしまった。
 この人が喋るといつも話がこじれるの、などと笑う看護師から全員それとなく視線を逸らす。

「うわあぁぁ!!」

 いきなりの叫び声によって、診察室は気まずくなりかけていた雰囲気を吹き飛ばされた。

 崩れ落ちた医師を放ったらかして、慌しくイスから立ち上がり神奈がカーテンに手を伸ばした時、それは自動的に音を立てて内側から開いて、それとほぼ同時に勢いよく俐音が飛び出してきた。



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