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「別に普通の鏡だな」

 神奈が覗き込んでみるが映るのはいつもと何ら変わりない自分の姿。

「ていうかさ、嘘を見破るってどういう事? 僕達の中に人間に化けてる妖怪が混じってて、鏡の前に立ったらギャー!! ってなって最後は猟師に助けてもらうみたいな?」
「赤頭巾ちゃん?」
「あ、そっちか。魚取る方の漁師かと思った」

 緊張感の欠片もなく全員順番に鏡を覗いてみても、やはり普段の自分と何も変わったところなど無かった。

 最後にヒョコっと顔を出して俐音も鏡に自分の姿を映し出してみる。

「っ!」

 一歩ニ歩と後ろに下がるが、見開かれた眼は鏡から離れない。
 まるで縫い付けられたように鏡と向かい合ったまま固まってしまった俐音を訝しんで、神奈が顔を覗き込もうとしたが、その前に俐音の目が塞がれた。

 後ろから福原が手を俐音の目に翳して視界を遮断したのだ。

「もう見なくていいよ。おしまい」

 静かな福原の声に小さく頷いた俐音は、俯いたっきり黙り込んでしまった。
 明らかに様子がおかしいのだが、何か聞ける雰囲気ではない。

「リンリンだいじょうぶ?」
「……はい」

 眉を寄せて思いつめた表情をしているというのに、大丈夫だという。

「疲れた? 帰る?」
「あ、うん」

 そこでやっと、心配そうに覗きこんできた成田に気づいて慌てて顔を上げて返事をした。

 嘘を見破り真実を映し出す鏡

 そこに写った、あの姿は――





 洞窟から出た途端、容赦なく降り注ぐ太陽光線の刺激に堪えかねて目を細めた。

「眩し……」

 だけど視界が白くぼんやりとしたまま戻らず、徐々に耳鳴りまでし始めて、俐音は壁に手をついた。

 足元がおぼつかず、自分が立っているのかさえも分からなくなってきて体から力が抜けてズルズルと崩れた。

 カツンと何かがぶつかる音がした後に、小さく名前を呼ばれたような気がしたけれど声も出せず俐音はそのまま意識を手放した。

 気を失った俐音を慌てて抱きとめた成田は、その顔の青さに思わず眉を顰めた。

 俐音がこうなってしまったのはあの鏡のせいだと確信が持てる。というよりも、それくらいしか思い当たる節がない。

 成田自身が覗き込んだときには何の変哲も無いただの鏡にしか感じなかったが、俐音は一体何を見たのだろうか。

 考えに耽っていると肩を軽く福原に叩かれてハッと我に返った。

「今は早く鬼頭を病院連れてってあげよう」
「そ、そうですね」

 そのまま立ち上がった成田が一歩前に出た時、硬いものを踏んだ感触とバキッと不吉な音とが同時にした。
 俐音を抱きかかえているから下は見えない。

「あちゃー、ほーちゃんやっちゃったねぇ」
「オレ、何踏んだの……?」
「見事リンリンのメガネ壊した」
「うっそ!? ヤバー……」
「後で散々怒られろ」

 俐音が意識を飛ばす瞬間に聞いたのは、このメガネが落ちた音だったのだ。
 緒方が拾い上げたメガネは、レンズは勿論割れているしフレームもひしゃげていてもう使い物にならない。

 俐音が怒るイコール手が出るという方程式が成田の中では出来上がっていて、これは困ったと視線を落とせば顔色の悪い俐音が目に入った。

 活発とは言えないが、俐音がこんなにも弱っているところを見るのは初めてで痛々しい。怒って拳を振るう事が元気になったという事になるなら、それでもいいかと思った。







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