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「じゃあ俐音先帰っててもらえマス?私はこれ理事長に返さないと」
「ああそうか。うん分かった」

 もう菊が持っていることに違和感を抱かなくなっていた日傘。

 廊下を歩いている他の生徒やその親にまた変な目で見られながら迷いなく歩いていく菊の後姿を見送る。

「帰ろ」

 わざと声に出して言い、クルリと方向転換した。

 玄関までの近道として中庭を突っ切ろうとしたら、芝生の上で回転しているスプリンクラーに合わせて回転している生徒と、それを遠巻きにみている生徒が目に入った。

 当然、前者はスプリンクラーから出る水のせいでずぶ濡れだ。

「……緒方先輩」
「あー、リンリン! リンリンもやりなよ、これ涼しい!」
「いえ、ていうか先輩それどうすんですか……」

 上から下まで水浸し。
 髪も服も体にぺったりとくっついている。

「馨は寮だから大丈夫だよ。でも鬼頭は家まで帰らなきゃいけないからな」

 だから濡らすのはやめてやれ、と自分に水がかからないように後ろに下がったまま優しく諭す小暮に俐音は安心した。

一人だとどうしても緒方に勝てないが、小暮がいればストッパーになってくれる。

「えー、気持ち良いのにー。二人とも面白くない」
「これから面談しなきゃならない俺の身にもなれ」

 どうやら面談待ちの小暮に緒方が付き合っていたのが、いつの間にか緒方の遊びに小暮が付き合わされる羽目になったという状況らしい。

「鬼頭はもう面談終わったんだな」
「はい。無事……かどうかは分かりませんが」

 学期ごとにこれをすると最後に担任から聞かされた時、咄嗟に「パス」と即答してしまったくらいに散々二人に遊ばれて、もうやりたくないと思った。

「僕はすぐ終わったよ。問題ありませんね、の一言」
「………」
「リンリンその沈黙は何かな?」
「いや、教師って生徒の事見てないんだなって……」
「どりゃ!!」

 緒方の問題が見えていないなんて、よっぽどその担任は目が悪いのか、生徒を解ろうとしていないかだ。

 口に出してはいないが、目がありありと語っていたのだろう。
 緒方が笑顔のまま、俐音に水がかかるように足でスプリンクラーの方向を変えた。

「うわぁっ!」
「な、馨!!」

 グルッと機械的に回転した水が、俐音と小暮の服を順番に濡らす。
 咄嗟に避けようとしたから、かかった量は少ないが、それでも肩から腕に水滴が流れ落ちるほどで、憮然としながら緒方を見た。

 特に小暮は全くのとばっちりだ。自分までまさかこんな目に会うとは思ってなかっただろう。

「どお? ひんやり?」
「びっちゃりです!」
「うわぁ、気持ち悪そー」
「誰のせいだ!!」

 憤慨する俐音と小暮の二人を笑う緒方に、容赦なくもう一度水がかかった。


 俐音たちの様子をずっと覗いていた一台の監視カメラ。
 そのカメラ越しに彼女たちを見ていた人物がニ人。

「どう? いい感じじゃない?」
「そうデスねぇ……」
「あんまり嬉しくなさそうね」
「複雑デスよ。俐音が元気になって良かったと思う反面、離れていってしまうのはやっぱり寂しい」
「親バカねえ。私たちの役割は、物事が善い方へ進むように祈りながら見守ることよ。後はあの子達が自ら決めなければね。ま、何にせよ、これからしばらくは退屈せずにすみそうだわ」

クスクスと楽しげに笑ったのはこの学園の理事長、水無瀬 佐和子(みなせ さわこ)で、菊は彼女とともにテレビの映像をしばらく見ていた。



end




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