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「じゃあ私達も行きマショ。さっさと家に帰りたいデス」

 始める前から帰る事を考えるなと言わないのは、俐音も同じ気持ちだからだ。

 俐音と菊が教室の前に着くと、ちょうど面談を終えた神奈が出てきた。
 だけど、出てきたのは神奈一人で親は一緒ではないようだ。

「一人だけ? 親は?」
「ああ、いたんだけどすぐに仕事があるって帰った」
「えーと……忙しい人なんだ」
「そうらしいな」

 神奈ならそんなに長く話し込む事はないだろうに、それさえ待てないほど時間が押していたんだろうか。

 事情はつかめないが、とりあえず「ふぅん」とだけ返した。

 神奈は菊の方を見て、頭を下げた。
 菊も笑顔を振りまいてそれに応える。

 その手に握られた日傘を見たが別段表情を変えることなく「帰るわ」と言って去っていく神奈はすごい。

 ただ興味がないだけなのかもしれないが、あそこまで普通にされると何故か俐音が何か弁解した方がいいのでは、と思えてくる。

「おい、さっさと入れー」

 開いたドアの向こうから担任の声がした。
 生徒の俐音に向かっての言葉だろうが、保護者である菊のいる前で砕けた口調でいいのか。

 やはり教師としての自覚が足りないし、成田や神奈のほうがよっぽど対応が良かった。

「担任、あんた保護者の前でもその態度ってどうなんだ」
「俺はいつだって俺のやりたいようにやるんだよ」
「あはは、増田サンはいくつになても変わりマセんねぇ。PTAと揉める前に教師辞めたらどうデス?」
「お前が養ってくれんならすぐにでも」

 「嫌ですよ、ははは」と笑顔で話しているのに菊から毒々しい言葉が飛び出している。

 こんなあからさまに嫌味をいう菊を見た事がなかった俐音は唖然したが、それ以上に二人が知り合いらしいという事実の方が驚きだ。

 この教室に入ってきたときに、二人ともさして反応しなかった所を見ると、両方とも事前に俐音の担任が増田である事、菊が保護者である事を知っていたのだろう。

 教えてもらったからといって「そうなんだ」としか言いようがないが、黙っておかれると少し寂しいものだ。

「二人とも何で知り合いだって言ってくれなかったんだよ」
「あれ? 菊言ってなかったんか?」
「増田サンこそ」
「……そういう事ね」

 案外そういうものだったりするのだ。
 特にこの二人なら。

「それより増田サン。初めから面談の順番が決まってるなら言ってくだサイよ」
「ちゃんとプリントに書いてあっただろうが。読めよ」
「そんな事より何の話すんの。早くしろ」

 ダメだ。この二人の好きなように話をさせていたら、日が暮れてしまう。

 脱力感を覚えながら俐音は、早く帰るという目的を思い出し、こうなったら無駄話なんて一切させるかと、姿勢を正して話を切り出した。

「鬼頭はすぐこれだ。勉強面と生活態度はそんな問題ないんだが、教師にやたら反抗的なのがなぁ」
「教師っていうかアンタにだけだ」
「ほぉ、良い事聞いたな。そんなに可愛がってほしいか」

 増田は力を抜いて背もたれに凭れかかり、ニヤリと笑った。
 いかにも悪さをしそうな増田に怯え、咄嗟に隣に座る菊の方へとイスを引く。

「あんまりウチの俐音苛めないでもらえマス?」
「だーから可愛がってやってんだって。な、鬼頭」
「嘘つくな!」

 いきなり話が逸れてしまっているが、今それを気にしている余裕が俐音にはない。
 結局、流されやすい俐音が一癖も二癖もあるこの学校関係者達をリードして話を進めるなど無理なのだ。

 その後も暫く実りのないやり取りを繰り返しただけで、わざわざ菊がここに来る意味はあったのだろうかと言いたくなる面談は終わった。




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