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 学校へ行く途中、駒井は今日出てくるんだろうかと考えたが、何も心配する事はなかった。

 駒井が手ぶらで靴を履き替えているところに偶然出くわしたからだ。

 俐音が自分の後ろに立っているのに気づいた駒井は、背中を靴箱にぶつけるほど勢いよく後退りした。

「あ、お、おはよう、鬼頭くん……」
「おはよ」
「じゃ、じゃあ僕先に――」

 その場から早く逃げようと方向転換したが、バン! と大きな音を立てて俐音が靴箱に手を付いて駒井の行く手を阻む。

「駒井さ、ちょーっと顔貸してくれる?」
「怖いよ鬼頭くん……」

 これではまるで不良にからまれているようだ。
 ヒクリと顔を引きつらせる駒井の腕を引いて俐音は適当な空き教室に入った。

「ごめん!!」

 謝る俐音を駒井は大きく目を見開いた。
 謝らなければならないのは自分のはずだ。

「何で鬼頭くんが謝るの……」
「駒井は知ってたんだろ? 私の事。でも私は知らなかった。全然気づけなかった。それってすごく辛かったと思うから」

 親がいない状態で、周囲と切り離された寮での生活。
 男子校だから女は自分ひとりで常に気を配っていなくてはいけない。

 そんな中で、同じ施設にいた女の子が自分と同じような境遇でここに来た。
 どんなに安心しただろう。

 だけど俐音は全く駒井に気づかなかった。
 仕方ない。両親が亡くなり身寄りもいない駒井があの施設に入ったのは中学二年からの約二年間。

 その間に俐音と話した事は無い。ニ、三度廊下ですれ違ったくらいのものだ。

 分かってもらわなくていいと思っていた。自分と同じような孤立感を持っている人がいるというだけで安心できたから。

 初めのうち、クラスに馴染もうとはしなかった俐音だが、すぐに何の違和感も無く打ち解けてしまった。

 自分と一緒だと思っていたのに、そうじゃなかった。
 俐音には帰る家があって、神奈や成田のような気兼ねない友達がいる。
 同じだと思っていたのに全然違っていた。それが無性に悲しい。

 これは駒井の自分勝手な思いであって、俐音が謝ることではない。

「私は駒井の事覚えてたらよかったって思う。だからごめん」

 あくまで俐音の表情には何の感情も出ていないが、駒井にはとても悔やんでいるように見える。

「鬼頭くん優しいね」
「え? いや、ただ私が駒井と同じ状況だったら嫌だなって思っただから」

 それはやっぱり優しい証拠だよ。
 そう言っても俐音は否定するだけだろうから、駒井はあえて口にはしない。

 相手の身になって気持ちを考えるなんて簡単にはできない。
 少なくとも駒井には出来なかった。

 だから俐音を素直にすごいと思うし、何より嬉しい。
 自分のことを顧みてくれたのだから。

「……ねぇ、俐音って呼んでもいい? もう一回やり直したいの。あたしと友達になって下さい」

 もう一度、今度は何も隠さずに。

「うん。友達になろう、彩」

 珍しく笑った俐音に、また嬉しくなった。

 駒井はここでやっと気を張らずに素の自分でいられる場所を見つけ、俐音にとっても自分がそうであれたらと思う。




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