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 玄関で脱いだ靴がコロリと転がってひっくり返ったのもそのままにして、バタバタと俐音は地下に続く階段を降りていった。

 暗い廊下の向こうからうっすらと光の線が一本、壁に描かれている。
 その部屋にノックもせず俐音は入った。

「菊!」
「あ、おかえりなさーい」

 部屋の大半を占めている机の上にびっしりと並んだ機材の向こう側から顔だけを覗かせて、のんびりと菊が返す。

「なぁ菊、私と同じ施設にいた子のリストとかってある?」
「あるにはありマスが、どうしてまた……」
「ちょっと、もしかしたらって奴がいるんだ」

 だから見せて欲しい、と俐音は菊にせがんだ。
 駒井が取った態度の理由はこれしか考えられなかった。
 きっと駒井もあそこに居た。そして俐音もそうだった事に気づいている。

「簡単に言いマスが、これも立派な個人情報デスのでねぇ」

 菊は腕組みをして「うーん」と考える仕草をする。

「わざとらしいな……。何? 何して欲しいの」
「おかえりなサイ」
「は?」

 全く会話が噛み合っていない。
 しかも「おかえり」はこの部屋に入ってきた時に一度聞いている。

 早くもボケが始まったのかと、笑っている菊を哀れみをもって見ると「失礼な事考えてるデショ」と軽く頭を小突かれた。

「まったく……おかえりって言われたら?」
「……ただいま?」
「そうデスよ。人間関係は挨拶が基本。きちーんとしマショうねー」

 まるで小さな子どもに言い聞かせるみたいな菊の口調に、俐音はプイと横を向いた。
 その仕草が余計に子どもっぽく見せているということに気づいていない。

 菊は笑いながら机の引き出しをあさり、一枚のフロッピーディスクを取った。

「今どきフロッピーって……」
「まぁまぁまぁ、細かい事は気にしないんデスよー」

 アダプターに差し込んだフロッピーのデータを開いた菊は、俐音に見えやすいようにパソコンの画面を動かした。

 菊に見せてもらったデータには、同じ施設に預けられていた子どもの名前、性別、年齢、血液型など簡単な情報が入っていた。

「駒井って子」
「駒井、駒井あった。この子デスね。ありゃ、でもこれ女の子ってなってマスよ?」
「……いいんだよ、女の子で。どうせ理事長が一枚噛んでんだろ」
「それもそうデスね」

 男子校なのに女子生徒を入れる。そんな非常識を理事長はいとも簡単にやってのけるのだ。

 俐音自身がそうやって入れてもらったのだから、疑う余地などない。

 やはり、俐音の考えた通りだった。




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