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「まっちゃん体罰はいかんですよー」
「してねぇって。で? 神奈は何が食いたいって?」
「日替わり」
「ほら鬼頭、んな所隠れてないで食券買ってやれよ。神奈だけ食いっぱぐれるぞ」

 自販機の側面に凭れて「早くしろよ」と笑っている増田は、こっちに来たら悪戯すると言っているようだ。

 俐音は成田の服を引っ張って盾にしながらカニの様に横歩きをして自販機に近づく。

「俐音ちゃん歩きにくいんだけど」
「我慢しろ」
「……りょーかい」

 俐音の口調は高圧的で全く可愛げがないが、いちいち増田に怯えている気配が背中から伝わってきて、そのちぐはぐさに笑いがこみ上げて来た。

 そういう態度は、増田のような性格の人間には逆に苛めてくれと言っているようなものだ。

「俐音ちゃんお金出して?」
「ん」

 背中にへばりついたまま、精一杯腕を伸ばしてお金を入れる俐音の手が目に入った。

 自分のように骨ばってなく、細くて小さい。
 そういえば小柄だとは思っていたが、ただ背が低いというよりは華奢な体つきは女の子のようだ。

 前にも同じような事を思った気がするが、何時だったかは思い出せない。

 男にくっつかれているという奇妙な状況でも気持ち悪いと感じないのはそのせいだろうか。

「成田、お前そんな所を女の子達に見られたら確実に引かれるな」

 そんな所とは、ちょうど成田が思ったこの奇妙な状況の事。

 確かに、今この場を見られたらいつも遊んでいる女の子達は変に思うだろう。
 でも、だからどうという事もない。

 そう思う自分に内心驚きながらも顔には出さずヘラッと笑った。

「こうなったら俐音ちゃんに付き合ってもらうしかないなぁ」
「アホか。他あたれ変態」
「えー、俐音ちゃんがいい」

 途端に、俐音がスッと目を細めた。

 成田は軽い冗談を言っただけだし、冷たくあしらわれるだろうと思っていたが、全く違った反応が返ってきてたじろいだ。

「そういう事を平気で誰にでも言えるってのはどうだろうな」
「俐音ちゃん?」
「お前の言葉はたまに物凄く薄っぺらいし嘘臭い」

 自販機の下から出てきた神奈の分の食券を取って、俐音は成田から離れた。

「いろんな女の子に一度にいい顔してたら、いつか痛い目みるよって話」

 成田の女性付き合いがどういったものなのか俐音は知らないが、相手がその気になるような事を軽々しく口にしているのだろうとは想像がつく。

 男だと思っているはずの俐音にでさえ、冗談としてでも言ってしまうくらいなのだから。
 全く悪気が感じられない分、余計に性質が悪い。

「俐音ちゃん心配してくれてんの?」

 俐音の言わんとするところは理解できるが、成田はそれを実行できない。

 誰とも揉めたくない。
 相手を傷つけるのも怒らせる事もしたくなかった。

 ただ穏便にその場をやり過ごす為には笑顔で優しい言葉を吐くのが一番いいと知ってからは、それ以外の顔をほとんどしていない。



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