みんな、一緒に



 小さい頃から人里離れた場所にある施設で育った。
 外壁も内装も白一色に纏められた建物からほとんど出る事もなく、ただ毎日を過ごしていた。

 決められた時間に起きて食事をし、勉強もさせられる。

 身寄りの無い子ども達を集めた児童養護施設という名目があったらしいが、施設の職員たちは機械的に淡々と仕事をこなすだけで打ち解ける余地はなく、どちらかというと監獄に近い。

 そんな中でも俐音が大した不満も言わずに暮らせていたのは、いつも傍にいてくれる人達がいたからだ。

 『いつかみんなで行こうな』

 よく話していた。
 ここから出られたら、四人でいろいろ遊びに行こうと。テレビで見た所全部。

 俐音は学校に行ってみたいと言った。

 『それいいね、みんな一緒なら絶対楽しいよ』

 そう言っていたのに。俐音の願いは半分しか叶えられなかった。





「珍しいな、お前が自分から授業サボるなんて」

 ここは屋上。今はまだ午前の授業中。
 自分の傍らに立つ俐音を見上げ、神奈は口元を持ち上げて笑った。

 サボる時はここという方程式が俐音の中にも知らず知らず出来上がっていたようだ。

 神奈は空を見上げる俐音の隣に座って同じように顔をあげた。

「気分が乗らなくってさ」
「気分で授業受けてんのかよ」
「いいだろ、ほとんど出ない奴より」

 俐音が少し拗ねてみせると神奈はそれ以上何も言わずに笑った。

 二人の間を心地よい風が通り抜ける。
 しばらくの間何をするでもなく、ただただ天を仰いでいたが俐音がポツリと呟いた。

「空ってキレイ……」

 誰に言ったわけでなく自然と漏れ出た言葉。
 そこに込められた想いを神奈は知らない。

 しかし見渡す限り広がる透き通った青を映した俐音の瞳は、眼鏡のレンズ越しであっても悲しみが溢れていた。

「俺はここからの景色気に入ってる。存在を主張するみたいに何より大きくそこにあるのに、手に入らない」

 神奈は手を掲げて拳を閉じる。

「そんなん見せつけられたら、いつか絶対この手に掴んでやるって思うじゃないか」

 まじまじと見つめてくる俐音にニッと笑う。

「そういうもん……?」

 一旦言葉を切って下を向き目を伏せる。

「俺も、俺はいつか好きになると思ってたな……」
「過去形か?」
「うん……。昔観た映画でさ、主人公たちが屋上で話してるシーンがあったんだ。それがすっごく楽しそうで、いつか自分達もこうなりたいって思った。そうなったらきっと好きになるって……。でも、もう無理だから」

 俐音も手を掲げて空を掴む。
 逃げていった夢の欠片でも手に残らないものかと願って……

「これからかもしれないだろ。綺麗だと思うんだろ?なら好きになれんじゃねぇの?」

 真っ直ぐ前を向く神奈を食い入るように見つめて俐音は大きな瞳をさらに大きくする。

「考えた事無かった……」
「じゃ、考えてみろよ」

 時計の針が天を差し、朝の終わりを告げる音が鳴り響く。

「せっかくお前、こんな特等席使える特権があんだから」

 神奈は立ち上がって俐音に手を差し伸べる。

「ああ、そうだな」

 その手をしっかりと握って立ち上がるとすぐ近くに、柔らかく微笑む整った神奈の顔。

 いつもとは違う雰囲気に戸惑いつつも、掌に伝わる温もりを放すことなく屋上を後にした。




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