▼page.6 「あの桜の下にいるのは人間の女の人の姿をしてるんですけど、俺たち人間とは全く別個の生物なんです。どっちかっていうと、神様とか森の精みたいな、俺はそういうものなんじゃないかなぁと思ってるんですけど」 「……かみ、さま?」 「実際はどういった類のものか知りまんよ? ただ人と同じような姿してるけど、明らかに違うんです。あの桜だって、あそこに神様、仮にですけど……、がいるから頑張ってずっと咲き続けてるわけだし。多分心を通わせ合ってるんでしょうね」 確かに、緒方が思っていたものとは随分と話の方向が違っている。 さらに非現実さが増した気がする。 「……緒方先輩知ってますか? 桜の“さ”は神様の名前で“くら”は神座の意味。それを合せて“さくら”なんだそうです」 俐音は口元だけで笑って、緒方を見た。 だから、やっぱりあそこで、桜の木に寄り添うように立っているのは神様でいいのだと思う。 本当を言うと、俐音はあれが何であろうと構わない。 皆には見えないけどそこにいて、俐音には見えている。ただそれだけだから。 この事を誰かに言うつもりは無かった。こんなオカルトじみた話を誰が信じる。 馬鹿にされるか変に思われるだけだ。 菊にも黙っていた方がいいと言われた。 俐音の視線を追いかけるようにして、桜の木を見つめる緒方はどう思うだろうか。 「すっごーい。こんな近くに神様いるんだ! ていうか神社にしかいないんだと思ってた。何お願いしよっかなー」 さっきまでの切羽詰まった表情はどこかに行ってしまったらしく、ニコニコと笑いながらおどける緒方に呆気にとられた。 拍子抜けしたと言ってもいい。 自分で確認できない不確かな存在は嫌だと言っていたのに。 「先輩……? なんかさっきとえらくリアクションが」 「僕はねぇ、人間の幽霊が嫌なの。神様とか妖精みたいなファンタジックなものなら良いの」 「あ、そうなんですか……」 その境目は何なんだろう。いまいち掴めない。 でも、気味悪がられる心配はなさそうで。 我知らず肩を撫でおろした。 「で? カミサマは何て?」 「ああ、はい」 木までは数メートル離れているが、ここにいても、彼女の声は鮮明に聞こえてきた。 それだけ想いが強いのだろう。 「先輩、緒方先輩は見えて無くても、それでも出来る事ありますよ」 「僕に?」 「彼女の願いを叶えてあげましょう」 前 | 次 戻 |