▼page.5 桜はすぐに見つかった。 裏に回ればすぐだから当然だ。周りは新緑に染まっているのに、たった一本だけが場違いに淡いピンクの花を咲かせていた。 「やっぱりいた」 真っ直ぐに目的の桜を見て俐音は呟いた。 小さな声だったが隣にいた緒方にははっきりと聞こえてきた。 俐音は言ったのだ。木に向かって“あった”ではなく“いた”と。 では俐音が本当に見ているのは、桜の木ではない何かだ。目を凝らしても緒方には決して見えない何か。 一点を見つめたまま躊躇いなく前へ進んでいく俐音に、慌ててその前に出た。 「リンリン駄目だよ!」 「大丈夫です」 不安気な緒方に口元だけ笑って、俐音はまた足を進める。 だけど緒方は俐音を抱くようにして動きを止めた。 「どうして! 何が見えてるの!? 僕には見えないのに……、居るって言われてもどうしたらいいのか分かんないんだよ! 目の前にいたって声も聞こえないなら意味ないっ」 何言ってるんだ。こんなの今と全く関係ない事だ。 それでも一度堰を切って流れた言葉は止められず、緒方の心の内に溜まっていたもの総てを吐き出さずにはいられなかった。 「だってなにもしてあげられないじゃない。気付けない僕じゃ……。そんなの嫌だ、悲しすぎる……」 すぐ近くにいても、話しかけても、無視されるのってどんな気分? 無視する僕は残酷な人間? 幽霊なんていなければいい。 そう思って、色々噂を集めてみんなに話して。 それで、胡散臭いとか馬鹿げてるって反応が返ってきたら、安堵する。 もし、本当に幽霊がいたとしてもヒドいのは僕だけじゃない。 色んな人に無視されて悲しい想いをしてる存在なんていないんだって思ってた。 緒方が搾り出した言葉を全部、静かに聞いていた俐音はまた静かに口を開いた。 「俺、自分が見たものしか信じたくない性質なんです」 「え?」 「生まれてこの方、幽霊って見たことないんですよね」 「嘘だっ、だってさっき“いた”って言ったじゃん!」 そんな明らかな嘘をつくなんて。 睨むと、俐音は少し困ったように眉を下げ、すぐに首を横に振った。 「あれはちょっと違うんです。幽霊って元は人間とか動物の意識体みたいなものですよね。でもあれは、俺が見てるのはそういうんじゃない」 どう説明すれば分かりやすいだろう。 俐音は言葉を選びながらゆっくりと話していく。 その緩やかなテンポに、緒方もだんだんと落ち着いてきた。 前 | 次 戻 |