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 さて、これからどうしようか。
 校舎から出た俐音は立ち止まってぐるりと辺りを見渡した。

「あ、かん……」

 俐音の目の前を見慣れた色素の薄い茶毛が通り過ぎた。
 素通りするにはあまりに近い距離だったが、相手は俐音に気付いていないかのように、あっさりと無視して言ってしまった。

 神奈で間違いない。呼び止めようと手まで挙げたというのに、彼は俐音を見ようともしなかった。

 俐音はキュッと唇を噛み締めて、神奈が歩いて行った方へと走った。

「なんで、無視すんだよ!」

 すぐに追いついて前に立ちはだかり、服をきつく掴んだ。

「なんの嫌がらせだ、泣くぞ。ここで大声で泣き叫んでいいのか!?」
「え、いや、困る。困るけどその前に君、誰?」
「記憶喪失にでもなったってのかっ!? 誰ってお前いい加減にしろよ神奈!」
「神奈……って事は兄さんの友達?」

 詰め寄る俐音の剣幕に負けて一歩後ろに下がりながら、それでも何とか言い返したその言葉に、俐音は動きを止めた。

「あに? ……弟?」

 探るように顔を覗き込む俐音に、神奈の弟は何度も頷く。
 半信半疑なのか、俐音はまじまじと顔を観察する。

 顔の造りは全くと言っていいほど同じ。
 だけど、朝確かにスタイリング剤で多少跳ねさせていた髪は、何もつけていないように自然になっている。
 視線を落としてみると。掴んでいる服は私服。

 もう一度顔に目を向けると相手は困ったように笑っていて、それは絶対に神奈が普段にはしない表情だった。

「ごめ、ごめん!」

 やっと別人だと信じた俐音は、慌てて離れた。

「ううん、俺は弟の樹って言います」
「あ、えっと……俐音です」

 さっきまでの威勢の良さは消えて樹の服を離した手を忙しく動かし、おろおろと狼狽えている。
 よほど人間違いをしたのが恥ずかしいらしい。

 この子が俐音か。
 今年に入ってから、兄や穂鷹の口から何度か話題に上った事のある名前。
 自分には関係がないと、頭から一度は消したはずの人物。

「おい樹、何やってんだ」

 肩を後ろに引かれて、振り向いた先には不機嫌な自分そっくりの顔があり、樹は正反対に笑顔を返した。

「うん、ちょっとこの子に捉ってた」

 神奈からよく俐音が見えるように身体をずらす。

「……俐音か?」
「訊くな! やっぱ記憶喪失なのか!?」
「は? いやだってお前、そのカッコ」

 指差されて、今自分が普段とは違った姿をしているのだという事を思い出した。
 穂鷹も壱都も驚いていたなと。

 俐音はどうだとその場で一回転して神奈に見せた。

「……ホントに女なんだな」
「失礼な奴! そんなの夏から知ってただろ」
「いや、知ってたけどあんまり意識した事なかったっていうか」
「なんだよ、それ」

 朝から散々スカート姿を見ていたのに、その時は確かに神奈は驚いたりしなかった。
 少し化粧を施され髪を長くしたくらいで、そんなに変わってくるものなんだろうか。

 俐音の付けているウィッグの髪を弄りながら、神奈は盛大に溜め息を吐いた。

「か、神奈?」

 何に呆れえたのかは分からないが、もしかして自分にだろうかと、俐音は戸惑った。
 顔を覗き込むように見上げたら、神奈は無表情そのもので何を考えているのか微塵も窺えない。

「ねぇ、邪魔になるから移動しない?」
「あ、うん」

 樹に促されて俐音は神奈から離れた。
 サラリと手から髪がすり抜けて、神奈はもう一度溜め息を吐く。

「なぁなぁ、あれ」

 俐音が指差した先には「たこ焼き」の文字。人だかりの出来たテントからはソースのいい匂いが漂ってきている。

「食べる?」

樹が尋ねると、俐音は頷きながら既にテントの方へと歩き出している。




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