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「あのモデルみたいな人どっかで見たことあります」
「安部?」
「あべ……」

 名前を聞いても記憶からは何も出てこない。どこで会ったのか思い出す材料にはならなかった。

「これ」

 急に立ち止まった壱都の腕にぶつかった鼻を撫でながら指差された方へ目をやる。

 そこに飾られていた絵は壱都の描いた絵だった。

 そうだとすぐに分かったのは、寮に飾ってあったあの絵とよく似ていたからだ。
 壱都は描き直すと言っていた。

 ならこれは、今の壱都を映し出したものなのだろう。


「前のよりも落ち着いてるっていうか……穏やかですね。上手くいえないけど、こっちの方が壱都先輩だなぁって感じがします」

 俐音が感じたことを素直に言葉にしてみると、壱都は綺麗に笑って「ありがとう」と言った。

 穏やかになったというのなら、それは俐音のお陰だ。
 多少なりとも彩りが浮かぶようになったのは、自分でさえ受け入れたくないほどどろどろと濁った絵と、壱都自身を好きだと言ってくれたから。

 きっと俐音は気づいていない。それくらい何気ない一言だっただろう。
 だからこそ壱都には本心からの言葉なのだと思えた。

「壱都、悪いけどそろそろ交替時間!」

 さっきの受付にいた安部が大きな声で受付に戻れと言えば、壱都は思い切り顔を歪ませた。

「そんな不機嫌になられてもさ、オレにも昼ご飯くらい食べさせて」

 分かり辛いが、無表情の中に機嫌の悪さを目敏く見つけた安部は、肩をすくめてみせた。

「心配しなくても彼女はオレが責任持って案内してあげるから」
「必要ない。俐音、安部は性悪だからあんまり近づかない方がいいよ」
「壱都にだけは言われたくないんだけど?」

 言い合いを続ける二人に、俐音は目を丸くした。

 壱都の性格が良いと言えないのは知っていたが、それでも俐音の前では大抵笑顔でいるから、感情表現が豊かだと感じた事もないが、こんなにも感情が乏しい表情と声で話す人なのだとも思っていなかった。

 今なら入学してすぐの頃、俐音に柔らかく笑む壱都に穂鷹達が驚いていた理由が分かる。

 彼らもまた、こんな壱都しか知らなかったんだろう。

 俐音にとっては新しい発見で嬉しい。

 校内を案内すると言った安部の申し出は丁重に断った。今更、ここの学校の生徒だと気付かれて、一から説明するのが面倒だったからだ。




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