▼page.6 穂鷹と別れて行き交う人達にチラシを半ば強制的に受け取らせて、神奈の分まで手持ち全てが無くなった頃、そこここから食欲をそそる匂いが漂ってきて、敏感に反応したお腹が朝からケーキ一塊しか口にしていない事を思い出させた。だが俐音はお金を持っていないから何も買えず、見ていても辛くなるばかりだ。 一旦ラウンジに戻ってケーキでも盗もうかと善からぬ考えが頭を過ぎった時、グイと腕を引かれた。 「一瞬誰か判らなかったよ」 「あ……壱都先輩」 上から下まで視線が下り、まるで観察されているようで恥ずかしかったが暫く我慢することにした。 「このセーターは?」 「これは穂鷹に借りたんです」 「そう、今日寒いもんね」 良かったね、と笑う壱都につられて俐音も少しだけ口の端を上げて頷いた。 壱都は休憩がてら既に昼食は済ませていて、それを伝えると俐音は目に見えてがっかりした。 奢ってもらう気でいた事を隠そうともしていない。 「お腹空いた?」 「餓死寸前です」 「じゃあ後で付き合ってくれるなら好きなもの買ってあげる」 穂鷹なら何も言わなくても食べ物を俐音に買い与えてくれるだろう。神奈だって文句の一つは出るだろうが、それだけだ。 きっちりと見返りを要求する辺りが壱都らしい。 だが俐音は目先の欲と、危機的状況を訴える自らの腹に負け、大きく頷いた。 興味を引かれたものをいくつか胃に収め、満足そうにしている俐音の手を引いて壱都が連れてきたのは、2−Eの教室だった。 「壱都その子、彼女?」 入ってすぐにある受付に立っていた壱都の友達らしき生徒が驚きに目を丸くしながら俐音を指を差す。 背の高いその生徒は、金に近い色まで髪を脱色していて、その横髪から覗く耳には幾つものピアスが見えた。 俐音はそれに見覚えがあって、どこで会ったのだったかと思い出そうとする方に専念してしまい、その間に壱都が「うん」と勝手に答えたのを聞いて慌てて横を向いた。 「……先輩どういう事ですか」 「まあ、いいじゃない」 「いいですけど」 別に困る事なんてないけれど。だからといって嘘を吐く必要もない。 首を捻りながらも、強く言い返せないでいる俐音の頭を壱都は撫でた。 「見せ付けてくれなくていいから」 しらけた様子でさっさと行けと壱都の友達に急かされ、壱都はまた俐音の手を握って教室の奥に連れて行った。 前 | 次 戻 |