▼page.5 腕を引っ張られたまま、半歩先を歩く俐音に穂鷹は初めこそ大人しくついて行っていたが、すぐに堪えられなくなった。 逆に俐音の腕を引いて、人気の無い校舎裏に連れて行く。 「俐音ちゃんどういうこと?」 「穂鷹こそどういう事だ。なに、カツアゲ?」 穂鷹の手を振り払い、俐音はさっきとは打って変わって感情の乏しい、いつも通りの表情で見上げてきた。 「違うよ! 俐音ちゃんお金なんて持ってないでしょ。そうじゃなくて髪とか……」 「すごいだろ、このヅラ」 「いや、ウィッグって言おうよ」 俐音は肩にかかる髪を梳いたり弄ったりして遊びながら、これは増田のせいだとだけ教えてくれた。 普段は項がなんとか隠れる程度の長さしかない髪が背中を覆うほどに変化して、それを本人もなかなか気に入っているらしい。 「で、さっきのと関係あるの?」 「さっきの? ああ、あれはこの間やった恋人設定。その方が女の子達も諦めつくかなぁって思ったから。女装した男友達が迎えに来たってだけだったらついて来そうだったろ」 「こい……!」 それを先に言って欲しかった。分かっていたなら設定を利用し倒したというのに。 あのタイミングで言えたはずもないのに、身勝手にも俐音を少し恨んだ。 「ねぇ、今日は一日恋人設定でいこうよ」 「は、何で」 「その方がオレも俐音ちゃんもナンパされずに済むじゃん」 「私はチラシ配りだし、穂鷹は今から接客だろ。一緒に行動しないんじゃ意味ないって」 自分の欲に忠実な願望を提案として出してみるも、俐音の正論にあっさり斬られてしまっては諦めるしかない。 「じゃあさっきのキャラで通してくれると嬉しいなぁーなんて」 「じゃあって何処にかかってるんだ」 「えと、ただ可愛かったからってだけなんだけど」 いつも冗談雑じりになら「可愛い、可愛い」と平気で言っているのに、改めて伝えようとすると妙に照れくさかった。 目を逸らしたが、俐音は面倒臭そうに顔を歪ませただけで気にした様子は無い。 ふいに俐音にセーターの袖を握られ、視線を戻すと切なげに揺れる大きな瞳があった。 「穂鷹はこっちの方がいいの?」 「――っ。やっぱりいつも通りでお願いします……」 今にも泣き出しそうな声と表情で言われてしまっては演技だと解っていたとしてもそう返すしかない。 それに、これを他の奴に見せてたまるかとも思う。 「ほら、こんなのずっとしてたら気色悪いだろ」 「そんな事は」 どうやら俐音の感覚でいくと気色悪いらしい。 「それより穂鷹……っくしょい!!」 腕をさすりながら思い切りくしゃみをする俐音は小刻みに震えていた。 「そんなカッコしてるからだよ。上着は?」 「担任のアホに隠された。さっきセーターだけでも返してもらえば良かった……」 「風邪ひいちゃいそうだね」 穂鷹はセーターを脱いで俐音に押し付けた。 俐音は手に持ったままキョトンと首を傾げてる。 「それ着て」 「え、でも穂鷹が」 「どうせオレ今から脱いで接客だし」 「……ありがと」 暫くジッと穂鷹を見てからセーターに視線を落として、小さい小さい声で言った。 前 | 次 戻 |