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 今の俐音の格好に親しみがわいたのか、店員は男子高校生しかいないはずだという事実を忘れてしまっているのか。

 固まる彼氏を余所に、彼女の方は「ほら」と勧めてくる。

「さ、皐月……」

 止めに入った彼氏に、拙いこのままじゃ食べられなくなると思った俐音は素早くケーキの一塊を口に入れた。

「おいし……」

 頬張る俐音に皐月と呼ばれた女性は笑い、彼氏は唖然としている。

「た、食べるか普通。俺らが恋人同士だって分かるよね? 皐月も何やってんの! 俺にはしてくれないくせに!」
「すみません、食欲の秋なんで」
「だってこの子女の子に見えたから。静矢も食べる?」

 全く悪びれない俐音と、フォークを乗せたケーキの皿を恋人の方へとスライドさせた皐月。

 だから何で俺には食べさせてくれないのと項垂れる静矢を見ながら、俐音はさり気なくフォークを取り上げた。

 さすがに同じフォークを使われるのは嫌だったからだ。

「このクソ忙しいのに何やってんだ、お前」

 ゴン、と後頭部を硬い物で叩かれて後ろを向くと、トレイを持った神奈がいた。

「クソ忙しいのは誰のせいだと思ってる……」

 このてんてこ舞いという表現がしっくりとくるほどの忙しさは、間違い無く神奈と現在外で呼び込みをしてる穂鷹のせいだ。

 カフェという女性客を狙った出し物という事を抜きにしても、男女比が明らかにおかしいほど見渡す限り女の人で賑わっている。

 目の前にいるカップルもこの中では何故か浮いて見えてしまうくらいだ。

 神奈も白いシャツに黒いボトム、腰からロングエプロンを巻くというごく一般的なウェイター姿だが、それでも客寄せとしての効果は抜群だった。

「フォーク取り替えてきます」

 客に呼ばれて舌打ちをしながら向かった神奈を見てから、俐音もカウンターに戻る。

 その後も慌しいまま時間は過ぎていった。

「俐音お疲れ」

 呼び込み用のチラシを持った彩がカウンターに入ってきた。どうやら交代の時間になったらしい。

「お疲れ、彩。大丈夫だった?」
「うん、ちゃんとチラシ配れたよ」
「そうじゃなく、変な男に絡まれなかったか」
「だっ、大丈夫だって!」
「そうか、良かった。護身用にこれを渡すの忘れてたから心配した」

 俐音が何処からとも無く取り出した物のスイッチを押してバチチっと音をたてさせると周りで作業をしていたクラスメイト達が青ざめた。

「スタンガン!?」
「違和感なく取り出しやがった!」

 遠ざかるクラスメイトとは逆に「本物初めて見た」なんて言って神奈は興味津々だ。
 俐音から奪ってバチバチと鳴らして遊んでいる。

「なんでこんなもん持ってんだ」
「菊にもらった」
「用意周到だな。でもお前これなくても素手で十分だろ」
「うるさい。まぁ実際そうだから彩、持っとけ。ちょっとでも絡んで来た奴らに容赦なく使えよ」

 彩の手にスタンガンを握らせて「ビラ配り行ってくる」と言って神奈の服の袖を引っ張ってカウンターを出た。





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