女の子には優しく


「うわっ、男の子!?」
「はいはい、こちらどうぞー」

 こういったやり取りを何度しただろう。入ってくる客が男でも女でも反応は同じだった。

 何でわざわざ性別を確認する必要があるんだ。ここが男子校だって知らないのか?
 それとも、実は女なのだと暴露すれば満足か?

 朝から着たくも無い服を身に纏い、邪魔だと眼鏡は外させられ、やりたくもない接客をさせられているせいで、やさぐれている俐音は心の中で悪態をついた。

 ちなみに今俐音が着ているのはセーラー服ではなく、白いシャツに黒で裾がひらひらと広がったスカートという一般的なウェイトレスの服装。

 俐音と彩以外は普通のウェイターの格好をすると聞いて、二人だけセーラー服なんて変だとクラス中を説得した結果、じゃあウェイトレスでと直前に変更されたのだった。

 どうしても女装から離れようとしないクラスメイト達に噛み付く俐音を、増田が楽しそうに見ていたのは言うまでもない。

 空いてる席に適当に座らせてサッサとカウンターに逃げ込む。
 カウンター内では制服のままのクラスメイト達が慌ただしくコーヒーやジュースを注ぎ込んでいる。

 その忙しない動きを見ると自然とため息が漏れた。

 たかがクラス単位の出し物。当然教室でするものとばかり思っていた俐音の予想は裏切られ、校舎の手前に建つラウンジという場所を提供されてしまった為に客の入りも激しい。
 ひっきりなしに人が入ってくる理由はそれだけではないけれど。

「鬼頭! これ持ってって!」

 コーヒーが入ったカップが二個にケーキが一個乗ったトレイを渡すだけ渡してまた作業を続行するクラスメイトの背中に目をやる。

 どの席のだよ……

 取り敢えずカウンターから出て座席を見回してみたがどこに持って行けばいいのか分からない。

 トレイに目を落として乗っているものを確認してみるも、俐音が知らない名前のケーキだった。

「すみませーん、コーヒーと、えー……このケーキ注文した人いませんかー」

 ちょっと声を張ってフロア中に聞こえるように言った。

 何言ってるんだアイツ、という視線を一身に受けつつ両手に持ったトレイを左右に揺らしていると「あれ、俺達のっぽくない?」と話している一組の男女と目が合った。

「お待たせしました。こちらでよろしいですか」
「あー、うん。やっぱこれだ」
「うん、私達ので合ってるよ」
「そうですか」

 あくまで他人事のような返事をして二人の前に並べた。

「そのザッハトルテ美味しそうだね」
「ザッハ……?」

 彼氏であろう男の言葉の中に初めて聞く耳慣れない単語が含まれていて、思わず口に出してしまった。

「え、このケーキだけど」
「へぇ、そんな名前なんですね。何かネズミとネコみたいな……」
「……それってまさかトムとジェリー? ザッハとルテだと思ってる? 違うよ?」
「いや、そうじゃなくて美味しそうなところ」
「……?あ、あのよく出てくる三角の塊はチーズだから!」

 へえ、そうなんだ。と俐音が一人納得していると「しかも名前関係ない」とさらに彼女の方に指摘された。

 二人掛かりで言いくるめられたような気がして、何だか悔しくなった俐音はお前のせいだとケーキを睨みつけた。

「食べる?」

 俐音が睨んでいた理由を、欲しいからだと勘違いした彼女の方がフォークに一口分突き刺して、はいと差し出す。



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