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 壱都に手を引かれて特別棟に行った。

 これまで手を繋いだ事など数え切れないほどある。
 それどころか壱都はよく抱きついてくるし、俐音ももう慣れたと思っていた。

 なのに壱都が好きなのだと、特別なのだと自覚した途端に言い様のない恥ずかしさが生まれた。

 空気は切れるように冷たいはずが、やたらと暑い。
 繋がれた手は汗をかきそうだ。

 けれど離したいかと言われればむしろ逆で。
 少し指に力を込めると壱都は「なに?」と俐音の方を見た。

 むず痒いような、くすぐったいような。

 何でもない、と下を向いた。

 俐音は最近ほとんど顔を出してなかったが、もうすぐ春休みで、それまでにやらなければならない仕事を理事長に押し付けられたとかで、珍しくみんな頑張っているらしい。

 ドアを開けると緒方が手を振った。

「リンリン大丈夫? ビックリしたし重かったよー」

 やっぱりか。
 予想はしていた言葉だとしても実際言われると腹立つ。

「ほら僕ってお坊ちゃま育ちだから、携帯より重いものなんて持たないっしょ」
「生活に支障出まくりじゃないですか」

 どうやって生きてるんだと呆れつつ横を向いた俐音は、緒方が安心して表情を緩めた事に気付かなかった。
 その代わり、様子を伺うように見てくる穂鷹と目が合った。

「えと……、大丈夫?」
「大丈夫じゃないから保健室に運ばれたんだけどな」
「うん、だよね。でもオレあの事謝りたくないよ」
「いい度胸だ」

 ここのところの態度が嘘みたいに、穂鷹と普通に喋る事が出来る。
 これも壱都のお陰だろうかと思えば、心が満たされた。

 けれどこのまま穂鷹を許してしまうのは話が別。何かしら仕返しをしなければ俐音の気が済まない。

「穂鷹こっち来い」
「うん?」

 立ち上がって俐音の前まで来た穂鷹の足が止まるのを待たずに、右手を力いっぱい振り下ろした。

 耳に残る音を立ててビンタをすると、穂鷹は突然で頭がついていかずにリアクションを取り損ねて間抜けな顔になった。
 そんな事はお構いなしに俐音は続ける。

「なんじ、右の頬を打たれたら快く速やかに私の目の前に左の頬を差し出して殴られるべし」

「なんだか微妙に要求が多……ていうか使い方間違って……」
「やかましい! つべこべ言わずにさっさとする!!」

 指を差して早くしろと言えば穂鷹はしぶしぶ俐音の前に屈んだ。
 歯を食いしばっているのが分かる。

 わざとらしく「えい!」と言って左頬を抓った。

「今回はこれくらいで許してやる。次は絶対殴るからな」

 目を丸くする穂鷹をそのままにして部屋の端にある冷蔵庫まで行って、冷凍室の方を開けた。



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