▼page.11 「酷い事言われた?」 「な、あいつ何なんですか……」 「俺の弟」 おとうと。 俐音は意味もなく繰り返す。 そうだ、言われるまでもなく彼の赤茶の髪は壱都と同じものだった。 どうして気付かなかったのか。 纏う雰囲気が違いすぎていたせいだろうか。 「……また、だ」 樹と同じだ。 「なんで、なんで? 兄弟なのに」 突然泣きじゃくり始めた俐音に、壱都は困ったように笑いかけた。 俐音が泣く事ではないのに。 止め処なく落ちる大粒の涙がなんだか勿体無い。 どうやったら留めておけるだろう。 そっと濡れた頬に触れた。 「昔ね、双葉に酷い事した。そのせいであの子はまだしんどい思いをしてる」 真っ直ぐに見つめる俐音に、嘘をつく気になれなかった。 「多分これからもずっと変わらない」 「先輩は、いいんですか。ずっと……」 最低な奴だと罵られて。憎まれたままで。 双葉は知らないままなのか。 彼の事を話している壱都の顔が翳った事を。 「良くはない。だけど自分で動く気にもなれない」 「どうして」 「俺は俐音がいればいい」 どくりと、血が逆流しそうなほど心臓が鳴った気がした。 壱都は顔色一つ変えず続ける。 「だから避けないで。最近俺まで警戒してたのがすごい寂しかった」 「う、あ……」 「他の子は知らない、でも俺は俐音の味方だよ」 怖かった。男とか女とか違いはあっても、そんなものは関係ないと思っていた。 だけどその違いは実は大きくて、それに気付かされた途端に穂鷹も響も遠くに感じられた。 置いてけぼりを食らった感覚。また取り残される不安から眠れなくなって。 壱都も同じなんだと思うと無意識に距離をとるようになった。 「……絶対?」 「絶対」 「信じますよ? 約束破ったら許さないですよ!?」 「いいよ」 「なんで……」 絶対とかずっとなんて、束縛されるという意味だ。 なのになんでそんな簡単に言えるのか。 言ってくれるのか。 壱都が得をする事なんて何一つない。 俐音はきっと何も返せない。 「理由なんて考えなくていい。ただ俺はいつでもこうやって俐音の隣にいる。それだけ分かってて」 そっと背中に回された手があやすように一定のリズムで上下する。 優しく包まれていると、何も心配しなくていいんだと言われているみたいで、どうしようもなく嬉しくて、必死で留めてた涙が溢れて次から次から零れ落ちた。 今まで不安や寂しさから泣いたことはよくあったけれど、安堵のために涙を流すのは初めてかもしれない。 『……ねぇ。俐音ちゃんってさ……、壱都先輩のこと好きなの?』 好き。どうして今まで気づかなかったのか不思議で仕方がないくらい。 好きだよ。 前 | 次 戻 |