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「酷い事言われた?」
「な、あいつ何なんですか……」
「俺の弟」

 おとうと。

 俐音は意味もなく繰り返す。

 そうだ、言われるまでもなく彼の赤茶の髪は壱都と同じものだった。
 どうして気付かなかったのか。
 纏う雰囲気が違いすぎていたせいだろうか。

「……また、だ」

 樹と同じだ。

「なんで、なんで? 兄弟なのに」

 突然泣きじゃくり始めた俐音に、壱都は困ったように笑いかけた。
 俐音が泣く事ではないのに。

 止め処なく落ちる大粒の涙がなんだか勿体無い。
 どうやったら留めておけるだろう。
 そっと濡れた頬に触れた。

「昔ね、双葉に酷い事した。そのせいであの子はまだしんどい思いをしてる」

 真っ直ぐに見つめる俐音に、嘘をつく気になれなかった。

「多分これからもずっと変わらない」
「先輩は、いいんですか。ずっと……」

 最低な奴だと罵られて。憎まれたままで。
 双葉は知らないままなのか。
 彼の事を話している壱都の顔が翳った事を。

「良くはない。だけど自分で動く気にもなれない」
「どうして」
「俺は俐音がいればいい」

 どくりと、血が逆流しそうなほど心臓が鳴った気がした。
 壱都は顔色一つ変えず続ける。

「だから避けないで。最近俺まで警戒してたのがすごい寂しかった」
「う、あ……」
「他の子は知らない、でも俺は俐音の味方だよ」

 怖かった。男とか女とか違いはあっても、そんなものは関係ないと思っていた。

 だけどその違いは実は大きくて、それに気付かされた途端に穂鷹も響も遠くに感じられた。
 置いてけぼりを食らった感覚。また取り残される不安から眠れなくなって。

 壱都も同じなんだと思うと無意識に距離をとるようになった。

「……絶対?」
「絶対」
「信じますよ? 約束破ったら許さないですよ!?」
「いいよ」
「なんで……」

 絶対とかずっとなんて、束縛されるという意味だ。
 なのになんでそんな簡単に言えるのか。
言ってくれるのか。

 壱都が得をする事なんて何一つない。
 俐音はきっと何も返せない。

「理由なんて考えなくていい。ただ俺はいつでもこうやって俐音の隣にいる。それだけ分かってて」

 そっと背中に回された手があやすように一定のリズムで上下する。

 優しく包まれていると、何も心配しなくていいんだと言われているみたいで、どうしようもなく嬉しくて、必死で留めてた涙が溢れて次から次から零れ落ちた。

 今まで不安や寂しさから泣いたことはよくあったけれど、安堵のために涙を流すのは初めてかもしれない。

『……ねぇ。俐音ちゃんってさ……、壱都先輩のこと好きなの?』

 好き。どうして今まで気づかなかったのか不思議で仕方がないくらい。


 好きだよ。




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