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 じわじわと目尻から伝ったものが耳の中に入ってきそうな不快感で目が覚めた。
 とっさに横を向いて枕にそれを擦り付けてから、あれ、と思った。

 真っ白なカーテンで区切られた小さな空間に、同じ白のベッド。
 その中に俐音だけがポツンとしている。

 よく身に覚えのある状況に体の力が抜けていくのが分かった。
 また頭痛がしてきそうだ。

 視界に入ってくる前髪をかき上げながら、何でこんな所にいるんだろうと考える。
 あのまま寝てしまった自分を誰かが保健室まで運んでくれたんだろう。
 それが緒方ならば、重たかったとか文句を言われそうだと自然と笑みが零れた。

 でも、本当に?
 そうであるなら何故、俐音以外誰もいないのだろう。
 これはまだ夢の続きなのかもしれない。

 だって私しかいなくて、辺りがこんなに静かだなんて……。

 起きればみんないるのだろうか。それとも家の自分の部屋で目が覚めて、一階に行けば菊が?

 どこからが俐音が創り出した夢なのだろう。
 そもそも学校になんて通ってなかったのではなかろうか。

 あの白い建物の中で交わした約束を夢想しているだけで。その約束だってもしかしたら

「俐音」

 突然近くで名前を呼ばれて自分でも驚くほど体が跳ねた。
 恐る恐る顔を上げると、同じように驚いている相手の顔が目に入った。

「どうしたの、気分悪い?」
「い……ちと、先輩……」
「怖い夢でも見た?」

 聞こえてくる声はひどく不鮮明で聞き取り難い。
 壱都がそっと俐音の手を掴んだ事で、きつく耳を塞いでいたのだと気づいた。

「先輩……これ、夢じゃない?」
「うん」

 ベッドの端に座った壱都が、ぐちゃぐちゃになったままの俐音の髪を梳くように撫でていく。
 その手つきが優しくて、それだけで俐音の涙腺は簡単に緩んだ。

「せ、せんぱ……」
「うん大丈夫だからね。ちゃんといるから」

 壱都の肩に顔を押し付ければ、やんわりと抱きしめられた。

 良かった、これは現実で私は独りなんかじゃない。

 いつもいつも、壱都はそれを感じさせてくれる。
 ずっと一緒にいるから、と俐音が一番欲しい言葉をくれた人。

「ねぇ俐音」

 子どもを諭すような声で言われて、もそもそと動いて壱都の顔が見える位置まで離れる。
 間近で俐音が映りこんでいる瞳を覗き込むとすぅっと細まった。

「第二高校行って何かあった?」
「別に……」

 目を逸らした俐音を上向かせた。

「双葉に会ったでしょ」

 固まった俐音に、やっぱりと零した。
 それくらいしか考えられない。



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