シーズンエンド




 こめかみに手を当てて「あー、うー」と呻き声を上げると、彩が心配そうに顔を覗き込んだ。

 ここ数日、俐音は頭痛に悩まされている。

 ただ座っているだけでもガンガンと内側から金槌で叩かれている感覚は、痛いというよりも不快の方が大きい。

 常にそちらにばかり気を取られて何をする気にもなれない。

「あーもう最悪……。何これ、頭のどこが痛いのか分かんない。海馬? 前頭葉? 後頭部?」
「ただの寝不足じゃん」
「ただほど痛いものはないって事が証明された。やっぱ甘い言葉には裏があるんだ……」
「さっきから俐音言ってる事ムチャクチャだよ?」

 自覚はある。一切頭の機能を使いたくない気分だ。直感だけで生活出来れば少しは楽なのではないか、などと意味のない事を考える自分に、これは拙いと思っていたところだ。

「そんなになるまで毎晩寝ないで何やってるの」
「え? んー、寝返り」

 寝たいという欲求はあるし、眠気もあるのに眠れない日が続いてる。

 ならば諦めて本を読むとかテレビを見るとか勉強するとかすればいいのかもしれないけれど、そんな気力もない。

 だらだらと夢うつつを彷徨う内に朝になるのだ。

 特別棟ではなく、玄関の方へと歩く俐音に彩は首を捻って、だけどこのぐったりした様子を見れば、家に帰るんだなと納得したらしく何も言わずに付いて来た。

 正確に言えば部活動という枠組みに入るのだそうだが、特別棟に行くのは強制ではなくて、好きな時に好きなだけいればいいといった感じだ。

 だから毎日全員が揃うわけではないし、誰かがいないことを気にする事もあまりない。
 とは言え、全員がほぼ毎日何となく集まっているのだけれど。

 今日は早く帰りたかった。

 玄関にある、自分に宛がわれた靴箱を開けよと手を伸ばしたとき、俐音達が降りて来た校舎とは逆側にある建物から二人の生徒がこちらへ近づいてくるのが見えた。

 向こうも俐音達に気付いていて、そのうちの一人が笑顔で手を振っている。

 金に近い髪でモデルかというような優雅な立ち振る舞いをする男、そしてその隣にいる制服を着崩したちょっと眼つきが鋭い男。この二人には覚えがあった。

「彩どうしよう、頭がイカレて幻覚まで見えてきた……」
「え?」
「やっぱ睡眠って大切だなぁ。さっさと家帰って寝ろって事か」

 一人気付いていない彩を置いて自己完結させた俐音は急いで靴を履き替えようと靴箱を開けた。

「うわぁ今バッチリ目合ったよね? なのに無視なんてヒドいな」
「じゃあ彩、また明日」
「あくまでも俺らは見えない設定らしいな」

 その通り。俐音は心の中で頷いた。見えないし聞こえないという事にしておく。
 安部や篤志などここにはいない。いたとしても、彼等は赤の他人だ。そんな体を貫く。



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