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「ねぇ俐音ちゃん」
「……な、なに」
「コーヒーいる?」

 カップを掲げる穂鷹に、声を出すのも困難でコクコクと頷いてすぐに隣にいる響に隠れるように俯いた。

 何とか放課後までこぎつけたものの、特別棟の一室で響も合わせてたったの三人きりになった途端、俐音は過剰に穂鷹に反応してしまうようになった。

 どうしても意識がそちらに向く。
 明らかに挙動不審な俐音に、響が何か言いたげに見てきたけれど、それも無視している状態だ。

 普通ってなんだろう、どうやるんだっけ。

 穂鷹が机の上に置いたコーヒーカップをビクビクしながら取って考えてみるけど何も思い浮かばない。

「何か考え事?」
「ぎゃぁー!!」
「あっぶね……っ」

 突然後ろから耳元でぼそりと囁かれ、驚いてコーヒーを響にかけそうなった。
 咄嗟に避けたものの、カーペットにくっきりとしたシミが出来た。

「ごめんごめん」
「軽いな」
「いいだろ、かかってなかったんだから!」

 カーペットをごしごしと擦ったティッシュを響の足に投げつけた。

「お前な……」
「天丼のータレが好きー!」

 謎なカミングアウトをしながら勢いよくドアを開けた緒方と、もう苦笑しか出来ないといった様子の小暮が入ってきた。

「馨はエビフライより海老の天ぷら派だよね」
「もち!」

 緒方はニカっと笑って鼻歌でも歌い出しそうなほど機嫌がいい。

「何の話なんだ」

 怒る気が削がれた響は、自然と緒方に話を合わせた穂鷹とは違い素直に切り返す。

「テンション高いね」
「っ!」

 壱都は何気なくやったのだろう。
 肩に手を置いただけなのだが、俐音が大袈裟に身体を揺らした事に驚いて目を見開いている。

「俐音?」
「え、いやすみません……。なんでもない、です」

 自分でも何がどうなっているんだか。
 こんなの日常茶飯事なのに。
 もっとセクハラ紛いの事いっぱいされてるのに。

 突然声を掛けられて驚いたというより、すぐそこに壱都がいる事に反応してしまった気もする。

 何で? 穂鷹じゃない、相手は壱都だ。
混乱するばかりだ。

「調子悪いの?」

 心配そうに壱都が額に手を当ててきたのにもきゅっと目を瞑って体を固くしてしまった。
 手を払いのけるのは失礼だと、精一杯努力した結果がこれだ。

 だけど、これがもう限界だった。
 壱都が珍しく眉間に皺作ってるのを見た瞬間にこれ以上ここにいるのは無理だと悟る。

 彼にそんな顔をされたくない。



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