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「大丈夫?」

 授業が終ってすぐに彩を引っ張り教室を出て、穂鷹との間にあった事を説明すればそう笑いながら問われた。

「何故笑う」
「いや、だからさっきあんなに変だったのかぁって。俐音でもこういう時は慌てるんだと思ったら可笑しいよ」
「相談する相手間違えた!」
「神奈くん呼ぶ?」
「それもちょっと……」

 教室で熟睡していたところを思い浮かべる。
 寝起きの悪さが一級品の響だから、相談になどならないだろう。それに内容的にも阿呆らしいと聞いてくれそうもない。

「んじゃ他は?」
「ほか? 直貴はなんか違う気がするし」

 というか、それ以前に彼は俐音が女である事を知らない。

 改めて言われ、腹を割って話せる友達が片手で足りるほどしかいない事実に行き当たった。
 今まで気にした事なかったけれど。

 女であるという事情も邪魔しているが、それだけでなく基本的に俐音は警戒心が強く他と一線を引きたがる傾向があるようだ。

 二年生組は友人と言える枠組みにはいない。
 相談相手にはなるが、それはそれは遊ばれそうだ。
 小暮などは真面目に話を聞いてくれるだろうが心配させたくないという思いもある。

「あたしでいいでしょ?」と勝ち誇る彩の言う通りだった。

「でもそっかぁ、成田くんやったかぁ。いかにも手早そうな感じするのに実は奥手だよね」
「なにそれ」

 意味深ににやにやと笑う彩をねめつけた。
 いかにも彼の行動が理解できるといった彩の態度が、俐音は面白くない。

「分かんないかな……、こういうのは当事者より第三者の方がって言うけど、でも相当分かり易いと思うよ?」

 なんだか彩がすごく大人に見えた。

 俐音にはさっぱりだ。
 どうして穂鷹があんな事したのか。
 さっき不自然なくらいに態度が普通だった事とか
 自分が何でこんなにも動揺してるのか。

 たかだかキスの一回や二回、と言いたいのに出来ない。
 これが他人事ならばそう感じるだろうに。

「彩も夏はあんなにオロオロしてたのに」
「む、蒸し返すのはやめようよ!」
「小暮先輩とはケンカせずに仲良くやってんの?」
「だから、それは今関係な……!」

 急に狼狽え出した彩に安堵する。
 そして「ああ、大丈夫なんだな」と見て取れた自分もいて、冷静な部分も残っているのだと確認出来た。

 茶化す俐音の言葉に、確かに夏とは立場が逆転していると彩も思った。
 俐音はあの時と同一人物かと疑いたくなるほどの鈍さを発揮している。

「夏の私と今の俐音が同じ状態なら、成田くんと付き合うとかそんな風に発展するかもしれないね」

 彩を見たまま固まってしまった俐音に、全くその考えが頭の中に無かったのだと嫌でも解る。

 成田くん可哀想……

 直接聞いた事は無くても穂鷹が俐音を好いていると気付くくらい、彼は態度に出ているのに。
 この特殊な日常に慣れすぎたせいで一般的な考えが欠落してしまっているようだ。

「嫌じゃなかったんでしょ? あんま怒ってないもんね。なら、そういう可能性もあるよ」
「怒るっていうか……なんか今思えば犬に舐められたような感じが」
「犬!? 俐音それ最高に酷いよ! 成田くんを何だと思って……あ、犬か。じゃなくて!」

 一人でボケてツッコむ彩にしては珍しいノリを、俐音は口を挟む事も忘れて眺めていた。

「成田くんは男なんだから。もっと意識した方がいいよ」

 成田だけに言える事ではなく、この学校が男子校である事実をもっと重く受け止めるべきだ。

 尤もらしい言葉を並べた彩は「もうすぐ授業始まるから戻るよ!」と話を切り上げた。

「既にこれでもかってほど意識しまくってる場合どうすりゃいいんだ」

 本当に犬に舐められたなんて思っていたら、あんな教室での失態をやらかすはずがない。
 このままサボってしまいたいが、彩に引き摺られて俐音も教室に戻った。




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