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「答えて」

 口を閉ざした俐音に尚も穂鷹は重ねた。
 ただ見下ろしてくる穂鷹の瞳が、まるで俐音を責めているようだ。

「……好きじゃない。こんな穂鷹は、好きじゃない」

 そう言った瞬間、穂鷹はキュッと眉根を寄せて笑った。
 泣く一歩手前みたいな顔をして。
 しまったと思ったときにはもう遅い。

「じゃあどんなオレならいいの。どうしたら……」

 好きになってもらえるのかな。

 最後の部分は俐音の肩に顔を埋めて呟いたせいで聞き取れなかったが、俐音の胸が締め付けるのに十分だった。

 ああ、私は穂鷹を傷つけてしまったのだ。

 罪悪感がじわじわと押し寄せてくる。
 ずっと人に好かれるために自分を殺して笑いたくも無いのに笑顔を作り続けてきた穂鷹に、そんな下らない事はやめろと言った俐音が。

 自分の理想像を押し付けた女の子たちと同じ事をした。

「ごめん」

 顔を上げた穂鷹と、呆気にとられる俐音の目が合った。
 謝ったのは穂鷹の方。
 酷い事言ったのは俐音だというのに、どうして穂鷹が謝るのか解らない。

 穂鷹は怒っているわけではないのだろうか。

 頬に当ててきた手にそんな考えが生まれて、そうだったらいいという想いをこめて穂鷹のセーターの袖をそっと握った。

 振りほどかれてしまったらどうしよう。

 たった今彼を否定したのは俐音なのに、そんな都合のいい事を考えた。

 クスリと上で笑いが漏れる。
 相変わらず泣きそうな顔をしたままで、それでも口の端だけが上がっていて、まるで何かを必死で堪えているみたいだ。

「ほだ――」

 何を言おうとしたわけではないが、声を掛けずにはいられなかった。
 そんな俐音の声は途中で遮られた。
 あれ? と思うのと、事態を飲み込んだのはほぼ同時。

 近すぎて見えなくなった穂鷹の顔が徐々に離れていって、代わりに頬に添えられていた手の親指がそっと俐音の唇を撫でた。

 そのせいで穂鷹の唇に塞がれていたのだと、嫌というほど思い知らされて咄嗟に横を向いた。

 なに、なんで。
 どうしてこんな事になってるの?

 寝起きの時よりもずっと思考が鈍くて使い物にならない。
 熱くて仕方ない顔も、穂鷹にも聞こえているんじゃないかというほど煩い心臓も元に戻らない。

 どう行動するのがいいか必死に考えながら、俐音は顔を背けたまま目だけを穂鷹に向けた。

「俐音ちゃん」

 別段声が大きかったわけでもないのにビクリと体が勝手に跳ねた。
 穂鷹はさっきまでとは別人のようだった。

「オレの気持ちばっかり押し付けて、ごめんね?」

 目を細めて笑う顔はいつもより大人っぽかった。

 それを見た瞬間に俐音の頭は真っ白になって、気がついたら渾身の力で穂鷹をソファから蹴り落とし、さらにひっくり返った穂鷹の腹を踏みつけ、全速力で部屋から駆け出した。

 知らない。

 あんな奴私は知らない。




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