新たな局面に立たされて



 誰にでも眠気に勝てない時っていうのは訪れるもの。
 お風呂に入っている時だったり、車に乗っている時だったり、テレビを見ている時だったり。
 俐音にはそれが昼休みに訪れた。唐突に。

 これはどうしようもないと悟った俐音は無駄な抵抗などせずに、大人しく特別棟に行ってソファに寝転がった。

 珍しく夢など見ずに熟睡していたと思う。
 気配に敏感な彼女には珍しく、肩を大きく揺さぶられるまで穂鷹が部屋に入ってきた事にも気付かなかったくらい、眠りが深かったようだ。

「もう昼休み終わるよ?」
「ん……」

 目を開けて体を起こしても頭の覚醒には程遠く、次の授業ってなんだっけ?とぼやけた思考を巡らせていると、穂鷹は俐音が起き上がった事で出来たソファのスペースに納まる。

 急かしに来たのかと思えば無言でソファに座る穂鷹を胡乱気に見つめた。
 五時間目に間に合わなくなるんじゃないだろうか。
 時計を見ればもういつチャイムがなってもおかしくない時間。だけど穂鷹は焦った様子は無い。

「次の授業遅れる」
「まぁ、たまにはいいじゃない」
「お前何しに来たんだ……」

 たまに、どころではない回数の授業をサボっているだろう。
 私はそんなサボったりなんて、ほんのちょこっと十日に一回くらいしかないから。

 心の中で言い訳を並べ、俐音は面倒くさいと思いながら、まだ気怠さが残る体を叱咤して立ち上がった。

「……何」

 教室に戻ろうとした俐音の腕をソファに座ったままの穂鷹がくいと後ろに引っ張ってくる。
 振り返ると何だか物言いたげな表情を向けていたから、咄嗟に聞いてしまった。

 ここ数日、穂鷹は何か言おうとして口を開いても言葉が発せられる前にまた閉じて。
 そしてそのまま黙ってしまう、を何度も繰り返していた。

 俐音としては何か言いたい事があるのなら早く言ってもらわないと気になって仕方がない。
 無理に問いただすのもどうかと思い今まで敢えて尋ねなかったのだけれど。

 暫く、それでも迷うように視線を彷徨わせる穂鷹を無言で待つ。

「……俐音ちゃんってさ、壱都先輩のこと好きなの?」

 意味を理解するのに軽く五秒は掛かった。
 その間にチャイムも鳴った。

 口をぽかんと開けたままの俐音に、穂鷹は困ったように笑う。

「好きって、あの好き? 小暮先輩と彩みたいな?」
「そう、それ。恋と愛で恋愛の好き」
「その説明くどい」

 いや待て。何言ってんだ穂鷹は。
 私が壱都先輩を?

 かなり遅れたテンポで俐音は狼狽えた。

「な、なにお前、それ、どう……ええ?」
「動揺しすぎだよ俐音ちゃん」
「だ、だって……何それ」

 何でそんな事をいきなり言い出したんだろうと考える必要はなかった。

 ああ、あれのせいだろうなという記憶が俐音の中に一つにあったからだ。

 けれどこんな風に真剣な顔して聞かれると変に焦って言葉に詰まる。



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