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 出たところでこ学校の構造など知るはずもなく、左右どっちに行けば何があるかさっぱりと分からない。

 けれど普段の癖だろうか。
 足が向いたのは屋上だった。

 響や穂鷹じゃあるまいし。
 そう頭の端で思いはしたが、他に行く当てもない。

 屋上へ出るドアを開けてすぐに目に映ってきたのは男の人の後姿。

 俐音は何も考えられなくなって、そのまま背中にぶつかる様に抱きついた。

「だっ、何……!?」
「やめろ早まるな! その若さで死に急ぐなんて……田舎のおばあちゃんもさぞ悲しむだろうよ!」
「アンタのその思考の痛さの方が悲しまれると思うけど!?」

 無理やり引き剥がされ、それでももう一度手を伸ばしかけて俐音は動きを止めた。

「……れ? 自殺志願者じゃないの?」
「どこをどう見ればそう映るんだか」
「あー……なんかすんません間違えて。視力が1.5なのに見間違えてすんません」

 茶髪につり目の少し小柄な男子生徒は小馬鹿にするように俐音を見た。

 その態度は気に食わなかったものの、突然タックルしてしまった手前、つっかかるわけにもいかず聞き流す。

「君が双葉……」
「あんたさぁ」

 俐音の言葉を遮った双葉は、上体を屈めて顔を寄せてとんでもない事を言い放った。

「臭い」

 一瞬、時間が止まったように動けなくなった。
 ただ思考が停止しただけだったのだが、そのくらいの威力のある一言だったのに間違いはない。

「た、多感な年頃の子を掴まえてそんな事言うな、デリカシーとかないのか! それにな、男なら黙ってさっと消臭剤振り掛けるくらいの気を利かせろよ!」
「持ってないよ、それ逆に傷つかない? しかもそうじゃなくて、あの男の匂いがするって言ってんだけど」
「あの男って誰だよ。ていうか何やってんだ、臭いと思うなら嗅ぐな。犬かお前」

 腕を取られ、鼻を近づけて匂いを嗅がれるなどこの上ない羞恥だ。臭いと言われた後なら尚更。

「こんな染み付いてるくらい一緒にいるの?」
「だから誰の事だっつの」
「福原 壱都」

 忌々しそうに呟いた言葉は俐音の予想外の名前で、暫くキョトンとしてしまった。
 自分でも手を嗅いでみても全く分からず。

 それ以前にどうして壱都の匂いが嗅ぎ分けられるのか。
 しかも俐音に染み付いてるという微かな匂いだけで。
 恐ろしいまでの嗅覚だ。

「壱都先輩と知り合いか」
「あんただってそうだろ」
「まあ、日ごろからお世話になってはいる」

 この格好と話の流れで、今ここで同じ学校の先輩後輩だなんて正直には言い出せない。
 確実に双葉は俐音を女だと思っているだろうし、訂正するのも面倒だ。

「随分気に入られてるんだろうけど、あんな人と行動を共にするなんて気が知れない」

 何だろう、この人。
 どうしてさっきから壱都を邪険にするんだろう。



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