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「絶対泣きながら土下座させてやるからな」

 物騒な決意表明を堂々と口にしながら、安部に押し付けられた封筒を美保に渡した。

「それと伝言が。『そっちの提案は全て却下』だそうです」
「なんですって!?」

 机を叩いて立ち上がった美保の形相の恐ろしさに、俐音は数歩後ずさった。
 一人ずっと作業に没頭していた早川の隣まで逃げる。

「あんちくしょーだからこの子を寄越したのね、食えないったら!」

 口で男が女に勝てないのは世の鉄則。
 美保と面と向かって対峙した場合、たった一言否定を述べるのに多大な苦労を強いられる事など想像に容易い。

 その後百倍の反論を捲くし立てられるに決まっている。

 だから俐音というワンクッションを設ける事によってそれを回避したのだ。
 そもそもが部外者の俐音を問い詰めたところで無意味だというのもある。

「今すぐこっち来るよう言ってやろうかしら」
「あ、先輩達は今日から修学旅行です」
「は? 聞いてないわよ!? 直貴…そういう重大なことはちゃんと伝えなさいって言ってるのに!今からでも高級なお土産買ってくるように言わなきゃ」

 携帯電話のボタンを高速で打ち始めた美保を眺めながら、ふと気付いた点が一つ。

 ちょっと待って。今何て言った?

 俐音も先週、壱都に同じ様な事言わなかっただろうか。

「誰でも考えは一緒って、そういうこと事だよな、うん」

 断じて自分が美保や理事長と同類ではないのだと言って聞かせる。
 ぶつぶつと独り言を零す俐音を早川が不審そうに見ていたけれど気付かなかった。

「そういや早川、双葉は?」

 メールを打ち終えた美保は、ようやっと一人メンバーが足りない事実に行き当たった。
 俐音がいるから人数的には普段と同じなので失念してしまっていたようだ。

 訊かれた早川は首を捻った。

「さあ……。途中まで一緒に来たけどどっか行った」
「ああ!? もうサボり魔ばっかりで困っちゃうわー」

 面倒くさい仕事はサボったり、押し付けたり、逃げたり。
 どこでも同じなんだと妙な親近感が湧く。

 そしてふと、傍観を決め込んでいた俐音はこれまでの経験で拙い方向に話が流れているのだと察した。

 ヤバイ。このままでは双葉という人物の代わりに俐音が仕事を押し付けられる。
 これまでの経験がそう告げている。

「いんですか? その人探さなくても」
「探してる時間が勿体無いわね。それよりも後日ありったけ痛い目みてもらった方がいいわ」
「……美保さんのありったけって」

 幸か不幸か俐音はその現場は見る事が出来ないけど、居合わせた人はきっと凄まじさに涙することだろう。
 しみじみと部外者で良かったと思う瞬間だ。

「ふたちゃんは牛乳を鼻から流し込むの刑……と」

 美保がメモ用紙にサラサラと実にえげつない言葉を書き込んでいる。

 だが後日では遅い。
 今ここに双葉がいることが俐音にとっては重要なのだ。

「その双葉とやら、俺がちょっくら捜してきますよ」
「双葉とやらって……」
「ちょっくらって……」

 樹と早川が若干引いているのも気にせず、俐音はそのまま部屋を出た。




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