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 そういえば、行くとは言ったものの学校がどこにあるのか聞くのを忘れた。
 初歩的な部分で躓いていることに気付いたのは靴を履いて玄関のドアを開けた時だった。

 だがすぐに家の前に横付けされている黒塗りの高級外車に全ての意識を持っていかれ、どういしようなどという不安は見事に消し飛ぶ。

「デジャブ?」

 夏にもこんな光景を目にした気がする。
 呆然としていると、車からスーツが苦しいんじゃないかと思うほど筋肉質な壮年の男性が降りてきて一礼するものだからから、慌てて俐音もお辞儀を返す。

 何故か一言も喋らないのだが、忘れられない強いインパクトを持った人だ。

「さすが、お早いお着きデスねぇ」

 俐音の後ろで菊が運転手に向かって手を振っている。

「さっき佐和子さんに電話してタクシー用意してもらったんデスよ。俐音学校の場所知らないデショ?」
「じゃあ水無瀬の車だったのか!」

 つくづくお金の有り余った一族だと、主旨からずれたところで驚く俐音に菊は頭を掻いた。
 俐音が失念していたとは知らず、この子はどうやって行くつもりだったんだろうと心の中で呆れる。

「まあ折角だし、見学がてら楽しんできてくだサイな」

 壁に凭れ掛かる菊に見送られ、俐音は車に乗り込んだ。

 座り心地のいい革に身を沈めて、流れる景色を飽くことなく眺める。
 音楽も何も流れていない車内は微かなエンジン音しかしない。
 沈黙が続いたが重苦しくはなかった。

 程なく大きな門に辿り着いて車は停まった。

 運転手に何度もお礼を言ってから俐音は門を潜る。

 敷地が異様に広いという点を除いて第一と全く違う造りになっていて、どこがどうなっているのか見当もつかない。

 しかも安部達の話によると今日は第二は特別休校日だとかで、生徒達の姿もなくガランと静まり返っている。

 生徒会室がどこか聞くのに、まずは職員室に行けばいいのかと考えて、その職員室すら場所が分からず八方塞がりだ。

 携帯電話を取り出し直貴にでも打開策を講じてもらおうと画面を睨んでいると、視界の端を何かが横切った。
 素早く顔を上げ、左右を見渡す。

「うわぁー!!」

 俐音が人を捉えた瞬間、叫び声とともにバリアフリーで全く段差が無いにもかかわらず、廊下で盛大に転げている女の子がいた。

 呆気に取られる俐音の足元にゴロゴロと一本のペットボトルが転がってきた。
 拾い上げてみると大きな文字でサイダーと書かれている飲み物で。

 え、これ思いっきり落としたみたいだけど大丈夫か?
 スッゴイ泡だらけになってるけど開けていいかな。

 少し期待に胸を膨らませながら、盛大にすっ転んだ少女に近づく。

「……大丈夫?」

 手を差し伸べてみる。
 すると少女はうつ伏せのまま、首を痛めるんじゃないかと思うほど勢いよく顔だけを上げた。



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