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 一度手に入れたものを手放すのは嫌だ。
 友達だと言ってくれたけど、事実を知って突き放されるのは怖い。
 だからバレるかもしれない状況を作りたくなかった。

「ほんとに……大丈夫?」

 それは菊に言ったのか、ここにいる皆に言ったのか俐音自身にも分からない。
 どちらに対しても言ったのかもしれない。

『大丈夫デス』

 菊が断言したのと、皆が頷いたのが同時。 なら、いいかもしれない。
 せっかく与えられたチャンス、少しくらい冒険してみようか。

「じゃあこれからよろしくお願いします」
『やりマシたね俐音! ろくにお友達もいない寂しい生活ともこれでおさら……』

 ブチッ

 余計な事をごちゃごちゃと菊が言っていたが、時間の無駄だと通話を強制終了した。

「ところで何で神奈は菊の電話番号知ってたんだ?」
「菊? 誰だそれ」
「今の電話の相手」
「俺は理事長にかけたけど」

 あれ? と俐音は首を捻る。神奈も要領を得ていないようだ。

 菊と理事長は今一緒にいて、神奈が俐音に電話を渡したように理事長が菊に代わったのだろうか。

「それよりさ、リンリンも手伝うって事だよね?」
「あ、はい。そのようで」
「だったら今日の放課後ここ集合! 柔道部に道場破りだよー」

 そういえばさっき神奈が柔道部が、とか言いかけていたような。
 すでにうろ覚えな記憶を探って、本当に道場破りをするのか? と疑問の目を向けても緒方は笑うだけ。

「実際に道場破りって何するもんなんですか?」
「行ってからのお楽しみ!」
「はあ……」

 道場破りを楽しむものだと考える緒方の思考はとても危険だが、何をするのかも彼の性格もきちんと理解していない俐音は知る由もない。

「鬼頭くん!」

 俐音が教室に戻ると、駒井が駆け寄ってきて「あれから大丈夫だった?」と心配そうに訊いた。

「あぁ、まあ」
「そっかぁ、よかった。突然だったからビックリしちゃって、助けてあげられなくてごめんね?」
「お前本当にいい奴だな……」

 しみじみとそう思う。
 駒井が謝る必要なんて一つもないのに……。

「僕、鬼頭くんと仲良くなりたいからね!」
「うん、喜んで」

 控えめに笑うと駒井は嬉しそうに顔を綻ばせた。

「神奈くんたちって特別棟にいるんだよね、あそこって何があるの?」
「んー別に……」

 思い返してみても無駄にセキュリティーが万全なこと以外は特に変わった所はなかったように思う。

「駒井、あそこ入ったこと無いのか?」
「特別棟は理事長の許可がないと入れないんだよ」

 駒井の言葉に俐音は驚きを隠せなかった。
 許可とはなんだろう。校舎の一部なのに、まるで理事長の私物のような扱いだ。

 授業に使っている様子もなかったし、あの建物自体が無駄そのものじゃないかと呆れる。

「金持ちの考える事ってホント分かんない」
「うん、僕も」

 教室の窓から見える特別棟の校舎を二人して若干冷めた面持ちで眺めていた。




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