昇る日のように



 俐音は耳元で鳴る携帯電話のバイブレーションの振動で目が覚めた。
 時計を見るとまだ朝早くて、一体何なんだと舌打ちしながら画面を開く。

『あけましておめでとう。支度が出来たらお店に来てね』

 味も素っ気も無い、実に簡潔な文章が穂鷹から送られて来ていた。

 確認してすぐにまた枕に顔を沈めた。

 嫌な予感がする。
 店、とは穂鷹の母親の高奈が経営しているショップの事だろう。

 気は重いけれど、これは早く行かねばと自身を奮い立たせ隣で寝こけている彩を揺さぶって起こす。

「どこか行くの?」

 何やら目的があって早く起こされたらしい事を、朝食を食べ終わった辺りで漸く悟った彩の質問。
 朝が苦手らしい菊はまだ自室で夢の中だ。

「穂鷹のお母さんのお店」
「ふーん?」
「おもちゃにされるから覚悟決めといた方がいいよ」
「……わ、わかった……」

 多分、分かってないだろうな。
 高奈がどのような人物なのか知らないのだから当然だが、説明するより実際に見た方が遥かに理解しやすい。

 少しばかり悪戯心が働いて、不安を煽るような事だけを吹き込んでいると、店に着く頃には彩は怯えきっていて俐音の服にしがみ付いていた。





 店内の電気はついてないが、入り口が空いていたから奥に高奈か穂鷹がいるのだろうと勝手に中に入る。

 もう何度目かになれば勝手知ったるもので、迷わずスタッフルームのドアを開けてメイク室へと向かった。

「おじゃましまーす」

 ノックと同時にドアを開けると、スラリと細身で背の高い高奈と穂鷹が笑顔で「いらっしゃい」と出迎えてくれた。

 快活さを滲ませるその表情に、彩は安堵したのか俐音から手を離す。

 怖い人ではないのだ、決して。
 むしろ気さくで打ち解けやすい。

 問題は他のところに潜んでいるとも知らないで。
 俐音は彩を横目で見た。

「お久しぶりです」
「ホントよう。全然遊びに来てくれないんだもん」
「はぁ、すみません」

 そうは言っても、ここは高校生の俐音が来るには敷居が高いセレクトショップだ。
 来たとしても確実にただの冷やかしになってしまうし、浮く。

「まあいいわ。その分今日は色々遊ばせてもらうから。そちらの子もやっちゃっていいのよね?」

 言葉としては問うているのだけれど、答えは既に高奈の中にあるらしく、がっしりと彩の腕を掴んで放さない。

 逃がしてなるものかと、目が語っている。

「り、俐音……」
「大丈夫よ。食べはしないから」

 先ほど俐音が植えつけた先入観の効果もあって、怯えきった表情の彩が草食動物、高奈さんが肉食動物に見える。

 震えそうになっている彩を気にせず、さあ着替えてと服を手渡した。
 俐音も渡されたけのだが、首を傾げてみせた。

「あの、ここで?」

 ずっと気配を消すように大人しくしているが、穂鷹が目の前に立っているのに気付かないはずがない。

「ん?オレのことは気にしないで! 大丈夫だから」
「何が大丈夫なものか、出てけ!!」

 摘み出す、という表現がピッタリくるくらい勢いよく、穂鷹を部屋から放り出した。

「あらあら」

 大丈夫なのかと気が気じゃない彩の心配を他所に、自分の息子が足蹴にされたのというのに、 高奈はその一言を返しただけ。
 ごく自然に俐音の暴挙が黙認されている事実に一番驚く。

「さぁ二人とも準備はいい?」

 急に腕まくりをしだした高奈に俐音と彩はどちらともなく寄り添う。

 じりじりと後退するもあっけなく高奈に腕を掴まれ、廊下で携帯を弄っていた穂鷹がびっくりするほどの断末魔を上げたのだった。

「お疲れ様!」

 そう言って肩を叩かれたとき、恐怖と緊張のため意識が半分以上飛んでいた俐音は我に返った。



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