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「卵がないって致命的」

 スーパーから出た俐音は白い息を吐き出しながら呟いた。

 大体の材料は緒方が持ってきていたものの、卵くらいは冷蔵庫の中にあるだろうと開けてみれば、中身は空っぽ。

「あ、昨日で全部使ったんだった、ごめん」

 樹の言葉に愕然とした緒方はもういいと不貞腐れてしまい、機嫌をなんとか戻そうと俐音と樹が買いに走ることになった。

「料理は樹がするんだな」
「"は"っていうか、家事全般」
「あー……響やらなさそう」
「やったらやったで、多分ぐちゃぐちゃだよ」

 とことんなまでに兄が不器用である事を、この同居生活で樹は心得ている。
 出来てお湯を沸かす止まりだろう。

 かといって樹もここに越してくるまでは包丁を触った事もない生活をしていた身なので、上手いとは言えない。

 簡単でシンプル、腹が満たされればいいだろうという程度だ。

「穂鷹が遊びに来た時は作ってくれるんだけどね。見てられないんだって」
「家政婦みたい」

 目元を緩めた俐音に、今笑ったのかなと見当をつけた。

 兄と同じで感情が表に表れにくいみたいだが、俐音の方が反応が素直であるとこの短いやり取りで推察する。

 そうであった方が話しやすい。樹は笑みを深くした。

「俐音はどうして第二高校の方に来なかったの? 初めはそうだったのに途中でどうして男子校に変えちゃったの?」
「あ、そうなんだ。ていうか何で樹が私の事情を私より詳しく知ってんだ」
「え? あれ、どういう意味?」
「こっちが訊きたい」

 お互いちぐはぐなまま首を傾げ合う。
 確かに佐和子は、俐音が第二高校から第一高校への入学に変更になったと言っていたはずだ。

 現に彼女は今、兄達と同じ学校で生活している。
 その経緯を本人が知らないなんて事あるのだろうか。

 だが俐音ははぐらかしている様子はない。

「私は世話してくれてる人に男子校に入る事になったからって言われて何の疑いもなく通ってるだけだ」
「疑わないのがすごいよね」
「あの頃の私は人を疑うという事を知らなかったんだ……、学校に通い出してから色んなものを学ばせてもらった」

 まだ一年も経っていないのに、感慨深げに話す俐音に少し笑えた。

 もう少しでマンションに着く、なだらかな坂道の途中で樹が立ち止まると、二三歩遅れて俐音もそれに倣った。

 どうした? と問うように顔を傾ける。
 樹は口元を歪めた。

「俐音は兄さんの事好き?」
「好き、だけど……なんで?」

 だって気になるじゃないか。
 兄は俐音の事を多少なりとも好ましく思っている、ならこの子は?
 気になって当然だ。

「即答かぁ、良いね」
「樹……」
「でも俐音、兄さんのどこまで知っててそう言い切れるの」

 その声音は静かだった。
 響と同じ顔をして、樹は彼が絶対にしない事をする。



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