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「先輩に言われたくないですよ! 『馨』の方がめちゃめちゃ画数多いじゃないですか!」
「そんな事ないもん。僕いっつも自分で考えた文字で書いてるから」
「どんな!? いつもってテストや書類まで書いて……ないですよね? 違いますよね!?」

 鼻歌混じりに象形文字のような全く読む事の出来ない、言われなければ文字かどうかの判別も不可能な形状のものをホワイトボードに書き連ねる緒方は、あっさりと俐音の疑問を跳ね飛ばした。

「リンリンってさ、珍しい名前だよねー」
「……それは先輩が考えたんですけど」

 答える気がないらしい緒方に再度質問をするつもりは無い。そんなのは無駄なのだと知っているからだ。

 そして珍しいもなにも『リンリン』は俐音の承諾もなく、いきなり緒方が呼び出して定着させた愛称だというのに。

「じゃなくて俐音の方」
「そうですかね。まぁ、男っぽくないからこの学校に来るときに変えようかとは思ったんですけど」
「え? え? 何て名前? ジャイアント・ジャンボ、略してJ・Jとか?」
「どっから来たんですか意味分かんないですよ! 普通の日本人の名前です、知り合いの……」
 言いかけてからしまったと思った。こんな話はしなくていい事なのに。
 だけど緒方はそんな俐音の心に気付かなかった。

「何で変えなかったの?」
「変えちゃったら色んなものが消えちゃいそうで怖かったから」
「……それに対して僕は何かコメントした方がいいのかな?」

 自分が聞いといてその返しはどうなの?

 緒方らしいと言えばそうだし、緒方でなければ俐音は怒っていただろう。
 でも不思議と不快だと感じないのだから、なんと得な人か。
 逆に笑えてしまうくらいだ。

「いいえ、別になにも」
「そっか、分かった」

 ここで何か言われても、それを素直に受け入れるだけの余裕が俐音にはない。
 だから要らない。

 でも何も言わないという判断は実はとても難しい。
 だから緒方は率直に訊いてきたのかもしれない。余計な事を言わないように。

 きっと嫌じゃない理由はそこにある。

「俐音がいい」
「うへ!?」

 突然後ろから抱きすくめられ、耳元でぼそりと呟かれた俐音の身体は驚きとくすぐったさのせいで反射的に跳ねた。

「び、びっくりした……」
「俐音が男っぽい名前になったらやだな」
「リンリンはリンリンだよねぇ」

 未だ狼狽えている俐音を置いて壱都と緒方は話を続ける。

「どうする? 太郎とか男らしい名前だったら」
「やだ」
「それ失礼ですよ二人とも、全国の太郎さんに謝ってください!」

 ほら、と促したところで二人が従うわけもなく、俐音だって本気で言ってはいない。
 直ぐにその話題は消えた。

 三人でしばらく絵を描いて遊んでいるとドアが開いて、穂鷹と響それに小暮が揃って入って来た。
 どうやら一緒にいたらしい。



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