変化の兆し



 人間はそんな簡単に変われるものじゃない。

 ずっと同じでいることも難しいけれど、それでも気持ちや考えが時間と共に変化しても奥深くに根付いたものはきっと無くなりはしない。

 だから俐音はその奥にあるものを誰の目にも触れないように仕舞いこんだ。

 初めから無かったように振舞って、絶対に気付かせない。
 そうやって、これからも暮らしていくのだって決めていた。


「おはよう俐音ちゃん」
「ん、おはよう」

 俐音が堂々と授業を抜け出して特別棟の屋上でぼんやりと空を眺めていれば、同じように、そしてまるで当然のように授業に出ていなかった穂鷹がにこやかに笑って近づいてきた。
 彼の方に僅かだけ顔を向け、またすぐに顔を戻す。

「えぇ!?」

 聞きなれた声の主は想像通り穂鷹本人だったのだけれど、驚いてもう一度見直した。
 今度はマジマジと相手の顔を見入る。

「あれ何で? 無くなってる……」
「髪切ったって言ってよ。ついでに色も変えちゃった」

 そう言って髪を一房持ち上げた穂鷹の表情は、三日前までのあの態度の不自然さなど微塵も感じさせなかった。

 全体的に短くなった髪は光の加減で翠っぽくも見える黒色。

「どうして……?」
「さすがに鬱陶しかったしね。うん、いい機会だしちょっと気持ち切り替えようかなって」

 日曜日に緒方と三人で出掛け、穂鷹は昨日学校を休んでいた。

「やっぱり父親と話してみるよ」

 簡単そうに言ってのけていたが内心がどうだったかは俐音には知れない。

 そして今日、穂鷹は別人とまではいかずとも見た目を変え、何処か吹っ切れたように笑う。

「……なんか、ヤダ」
「え、これ変?」
「そんな事は言ってない、けど」

 うまく説明できなのだけれど。
 見慣れてないせいかとても違和感を感じた。どうしてか落ち着かない。

「……穂鷹じゃないみたいだ」
「なぁにそれ? じゃあ似合う?」

 いきなり、穂鷹がニヤッと笑ったのが気になって「何だよ」と訊けば顔を一段と近づけてきた。

 至近距離によく知っているのに初めて見るような穂鷹がいて、俐音は忙しなく目を右往左往させる。

 そんな様子にクスリと漏らすように笑んで「どうかな」ともう一度問うた。

「似合う、カッコいい良かったな。これで満足か!」

 何故か脅されているような気持ちになって、俐音は早口で捲くし立てた。
 嘘は言っていない。

 ただ恥ずかし過ぎて真顔で言う事など出来ないし、もうまともに穂鷹の顔を見ることもままならない。

 顔を背けた俐音の髪を、穂鷹は何も言わずに撫で回した。



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