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 気持ちよくてそっちに集中してたから、いつの間にか穂鷹が背に回した腕に力を入れていた事に気付かなかった。

「ずっとずっとどんな形でもいい、あの父親を見返してやろうって思ってた。けどいっぱい努力しても認めてもらえないし、バカやっても見向きもしない」

 ゆっくりと上げた穂鷹の顔は、少し辛そうに歪んだ。

「もういいかなって思った。オレが何しても多分一生あの人も変わんないんだろうから」
「……どんなに努力しても分かってもらえない事は確かにある。でもどこかで折り合いがつけられるといいな」

 言って、俐音はぐしゃぐしゃっと髪を掻き回した。
 すると今まで隠れていたピアスが陽に当たってキラキラと輝いたのがとても綺麗だったものだら触れたら穂鷹の体が震えた。

「あ、ごめん。綺麗だったからつい」
「ううん、ピアス?」
「そう。ちっちゃいのにキラキラしてる」
「俐音ちゃんみたいでしょ。手のひらサイズ」
「そんなに!? 私って手乗り!?」

 お前が大きいんだろうがという念を篭めてピアスのない位置を選んで耳朶を抓った。

「ねぇ何時まで人の親の墓前でイチャついてんの」
「緒方先輩!」

 腕を組み、とんとんと足で地面を叩く。目がいつになく据わっていて怖い。

「あー水重たかったなー」

 水の入ったバケツを足蹴にして文句を言う緒方に俐音と穂鷹はまずいと思ったが遅かった。


「埃と一緒に流れてしまえーっ!」

 素早くバケツを持ち上げると、その動きの延長上で墓石に向かって水をぶちまけた。
 当然その前にいる穂鷹と俐音にかかると分かっていての行動だ。

「かおるぅー!?」
「緒方先輩のバカー!」

 二人は悲鳴に近い声を上げながら左右に逃げる。
 だが完全に避けきるなど出来るはずもない。

 服のところどころに水がかかって、まだらに変色してしまっていた。

「リンリン、バカはないよバカは。ほーちゃんじゃないんだからさぁ」
「言いたいことはそれだけか!」

 服を濡らされた事で怒りに目が眩んでいて、珍しくも緒方に食って掛かる俐音。

「俐音ちゃん落ち着いて。大丈夫だよこのくらいすぐ乾くから」

 二人の間に割って入った穂鷹が宥め賺す。

「穂鷹甘やかすなよ! 子どもは崖から手足を縛って蹴落とすくらいがちょうどいいんだ。目隠ししててもいいくらいだ」
「僕が子どもなの!?」
「突っ込むとこそこじゃなくない!? 危険度が高すぎるよ!!」

 さっきまでのしんみりした雰囲気はどこへやら、もういつも通りの緒方と穂鷹だ。

 緒方の叔母夫婦がいつも綺麗にしてくれているらしいお墓は掃除する必要も無く、花とそしてケーキを供えるだけで良かった。

 夫婦の運営しているカフェは元々緒方の父親がケーキ屋をやっていた所だとか。
 たまに緒方も手伝っている事など、色んな話を聞いた。

「よっし、じゃあもう帰ろうっか。ほらほーちゃん競歩で歩いて!じゃないと手足縛って坂転がすよ」
「だから危険度が高すぎるってば! 行けばいいんだろ、ちゃっちゃか歩けばいいんでしょ!?」

 俐音を抜かしてずかずかと進んでいく穂鷹の姿は一見怒っているようだけど、すれ違いざま実は笑っているのが見えた。
 緒方もニコニコしながら「出来れば前転しながら転がって欲しい」なんてフザけた事を言っている。

 そんな二人を見て俐音は自然と笑みが零れた。




end



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