▼page.13 その後てきぱきと葬儀やら全ての準備を整えている間、母親と緒方は家の中でじっとしていた。 三人で暮らすには手狭であったはずのアパートが、このときやけに広く感じられて、それにさえ父親がいなくなった事を実感してしまってやるせない。 「馨……」 ずっと放心したまま動く事さえ億劫そうにしていた母親が、ふいに呼んだ。 「馨はお父さんに似た強い子になってね」 震える声で言いながら緒方を引き寄せて、母親は泣き続けた。 どうしよう、と呟いていた答えを彼女はこのとき出したのだ。 そのまま母親は忽然と姿を消した。 数日も経たないうちに交通事故にあったという知らせが入っても緒方は驚かなかった。 お父さんに逢いに行ったんだ。 もうお父さんはこっちに帰ってきてくれないから。 死んで夫のところへ行くか 生きて息子とともに歩んでいくのか 母親は前者を選び取ったのだ。それは正しい選択のように思えた。 どうして連れて行ってくれなかったんだろう。 そしたらまた三人でケーキが作れるのに。 そんな事をぼんやりと思った。 残された緒方は父親の姉夫婦に引き取られる事になった。 母親の妹が初めは引き取ると申し出たのだけれど彼女はまだ独身で経済的に見て無理だと判断されたためだ。 あまり居心地は良くはないから申し訳ないんだけど。 そう濁した父親の姉、高奈に連れて来られたのが成田家だった。 確かに彼女の言の通り、居心地が良いとは言い難かった。 これまで円満な夫婦を傍でずっと見てきた緒方にとって、同じ部屋にいても会話どころか目を合わせようともしない夫婦がこの世に存在するなど考えられない事だ。 そしてそれを当然なのだとインプットされてしまっている、彼女等の一人息子である穂鷹にも唖然としたものだ。 高奈は穂鷹に対するものと同じ態度で緒方に接してくれたし、穂鷹もまるで兄のように慕ってくれた。 だが一人、成田家の家長である高奈の夫だけは不快がった。 家から勘当された男の息子。 しかも母親は後追い自殺をしている。 世間体を気にする彼にとって、これだけ材料が揃っていれば緒方を疎ましく思うには十分だ。 しかも高奈が何の断りも無く引き取った事も気に食わなかったのだろう。 誰の家だと思っているんだ、などと自分の事で高奈と言い争いを始められるのは居た堪れない。 その度に穂鷹は緒方を連れ出して気を紛らわせてくれようとしていたが、こんな事が一年も続けば居心地が悪いどころでは済まなくなるのも当然で。 いつしか一人置き去りにした母親を恨むようになっていった。 死んでしまおうか、と考えたのは一度や二度ではない。 だけど実行に移せなかったのは、奇しくも母親が最後に遺した言葉だった。 強い子になって。 母親は弱いから死を選んだのだ。 なら同じ轍は踏むものか。 時間が経てば経つほど悔しくて 母親が自分と生きていく決意をしてくれなかった事が。 だからあの世で後悔すればいいと思った。 僕は生きて、うんとうんと幸せになってやるから あの時自分を選ばなかった事を悔やんで、羨ましがって。 前 | 次 戻 |