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 俐音が穂鷹と待ち合わせていた駅が見えるところまでやってくると目を凝らした。
彼は目立つ。

 いつものようにすぐ見つけられないという事は、まだ着いていないのだろう。

 早く来すぎたかとロータリーに立てられている時計を見て、そのすぐ側にいる人物に気付いた。

 明るい蜂蜜色の髪は遠くからでもよく映えた。

 穂鷹の人工的なオレンジとは違う。生まれつき色素の薄いのだと教えてもらったことがある。

 緒方は横を向いていて俐音が見えていないようだ。

「緒方先輩?」
「あっ、リンリン!」

 ぱっと表情を変えた。
 さっきまでの物静かな青年といった風情はどこかへ消え、いつも通りの人懐こい笑みを浮かべている。
 その事に安堵した自分に俐音は驚いた。

「どこかお出かけですか?」
「うん、リンリンとね」
「私?いやでも穂鷹と……」
「そうね、ほーちゃんは先行ってるから」
「そうねって……ええ!?」

 「どういう事ですか?」との俐音の問いに緒方は答えず、逆に首を捻った。

 今の会話が彼にとって既に説明だったのだ。
 これ以上何を答えたらいいのか分かっていない。

 緒方はたまに会話の言葉が圧倒的に足りなくなるときがある。
 主語や目的語が抜け落ちてしまっている事など稀ではない。

 緒方自身が聞く側の立場ならそれだけで理解できてしまうから、続きの説明を必要と思わないのだ。
 だからいつも俐音は何度も聞き返すしかない。

「リンリンどしたの。ぼーっとして寝不足?」
「凡人と天才の差を感じていたんです」
「ふん? リンリンたまによく分かんない事言うよね」

 変なの、と緒方には言われたくない一言を放ち俐音の手に切符を乗せた。

「はぐれないように手繋ごう」
「私は子どもですか」
「人類みーんな心は未成年さ!」
「違うと思います」

 結局答えを得られないまま俐音達は電車に乗った。
 といっても一駅だけで直ぐに下車。全く代わり映えのしない住宅街に降り立つ。

 あれから緒方は何も話さない。
 いつでもどこでも騒がしいほどで実際の言動がどうであるかは別として、いつもは邪気の無い子どものようにくるくると表情を変えるから、今はやけに大人びて見える。

 緒方を横から眺めながら俐音は思う。
 作り出す表情が幼さを滲ませるだけで、童顔ってわけじゃないんだ。

 隣に背の高い穂鷹や小暮がいると気づきにくいけれど、彼だって決して低いわけではない。

 繋いだ手は細いけれど骨格のしっかりした男のもので、それがなんとも意外だった。

「先輩って去年の文化祭で女装したんですよね?」

 だから余計にそう感じるのかもしれない。
 女の格好をしても違和感が無いくらい男らしいとは言い難い人だと思い込んでいたから。

「うんそう。もうその後が大変でさ、蹴散らすのに苦労したよ」
「生徒会の勧誘ですか」
「やっぱリンリンも来た? あんなの派手にやっちゃいなよ、安部とか」

 断るのに暴力を使えとニッコリ笑って助言してくれる緒方は普段通りだ。

「喋るとリンリンだね。ほら女の子してるリンリンって別人みたいでしょ?」
「でしょって言われても……」

 学校にいるとき勤めて男らしくと振舞っているわけではなく、今だって私服だというだけで特に気張っていない。



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