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 壱都は普通に歩いているようだが、俐音や彩にとっては歩調を乱されるくらいに速度が速い。

「いち、と先輩!」

 こける! と訴えられてやっと気がついて足を止めた。

「先輩、怒ってます?」
「そんな事ないけど」
「でもイスががしゃーんって、べこって……」

 あんな乱暴な事をしたのが壱都だった、という事実がショックだったらしく不安気に見上げた。
 壱都は俐音の子どもっぽい口調に息を漏らすように笑った。

「大きな音がしたら反射的に身が竦むから、その間に逃げられるかなって思ってやっただけ。怒ってないよ」

 安心させようとしているのか髪を梳く様に撫でる。
 だけってそんな……、と心の中で反論するもそれで本当に絆されてしまった俐音は何も言えず。

「ありがとうございました」
「うん。今度からは響と穂鷹にフォローしてもらうといい」

 選挙があるのは三学期に入ってだから、まだまだ先の話ではあるけれど。

「それであの、壱都先輩……それは?」

 壱都の左手には二箱のお弁当が持たれている。

「生徒会室に置いてあった。俐音達の分じゃない?」
「忘れてた。ていうかいつの間に!?」

 俐音はどこに置いてあった事さえ気付かなかったし、まして壱都がいつのタイミングで取ったのかなど知らない。

 そして誰のものか確かめもせずしれっと持ち去った彼に少し尊敬した。
 壱都はお弁当を渡すと最後に彩をちらりと見てから何も言わずに自分の教室へと戻っていった。

「あたしあの人っておっとりしてるのかと思ってた」
「まぁな、普段はそんな感じ」

 パイプイスの件を引き摺っている彩は、完全に壱都を見る目が変わってしまった。
 穏やかな面ばかりでないと知っていたはずの俐音でさえ驚いたのだから当然だろう。

「不思議な人だよ、あらゆる意味で」

 突然くっついてきたかと思うと悪戯をされて、機嫌が悪いと手がつけられない。
 面倒を見てくれるのかと期待すれば、他の人を頼れと突き放す。
 優しくはないのだ、きっと。





「あれー俐音ちゃん達まだ飯食べてなかったの?」

 もうすぐ教室というところで声を掛けられ、振り向くまでも無かったが見やれば穂鷹がいた。

「ご飯我慢するなんて珍しい」
「穂鷹こそ授業受けんのか」
「たまにはね。優等生ちっくになってみようと思うわけ」
「あほ」

 午前中を丸々サボっておいてよくもまぁ。
 白けた表情を返せばヘラリと笑う。


「ねぇ俐音ちゃん。週末の事覚えてる?」
「ああ、ちゃんと空けてるよ」
「そっか。ありがとね」

 歯切れの悪い言葉を残して先に教室に入った穂鷹はやはりどこかおかしかった。




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