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「俐音……」

 朝から人生真っ暗だと言わんばかりに沈んだ彩を見て、それだけで理由を察知した俐音はポンと肩に手を置いた。

「頑張れ」
「そんな……っ、当たるんだよ教えて!」

 彩の手には一時間目の数学の教科書が握られている。
 今からやって間に合うんだろうかと思いいながらも彩に頼まれれば断れない。

「……どれ?」

 付箋のつけられたページを開け、指差された問題に目をやった瞬間、後ろから衝撃を受けて俐音は「ふぎゃ」と奇妙な声を出した。

「俐音ちゃんおはよー」
「ほだ、か! 気持ち悪い!」

 肩に置いた額をぐりぐりと押し当ててくる穂鷹の頭を叩く。
 上げられた顔は情けなくへにゃりと歪み、それを間近で見た俐音は胡乱気に目を細めた。

「穂鷹?」
「ごめんね」
「何が」

 噛み合わない会話に苛立ったわけではないが、自分の目線と同じ高さにオレンジの髪があるのが珍しくて乱暴に撫でた。

「どうした穂鷹」
「……んーん何でもない。あー腰痛い、俐音ちゃんに合わせる体勢ってしんどいんだよねぇ」

 俐音から離れ、とんとんと腰を叩く穂鷹は先程とは打って変わって明るい口調で言う。

 ごめんねと言った声の覇気の無さに弱っているのかと心配してみれば、返ってきたのは嫌味で。

「穂鷹ぁっ!」
「俐音ちゃんあんま怒ってばっかだとストレス溜まるよー」
「誰のせいだ誰の!」

 腕を振り回すと穂鷹は足早に逃げ、ドアに手をかけた。

「じゃあオレはサボるね。授業頑張って」

 俐音は手で顔を覆って息を吐き出した。
 本当にそのまま出て行ってしまった穂鷹に呆れる。

「何しに来たんだ、あいつ……」
「何って……そういえば朝から教室にいるのは珍しいよね。行っちゃったけど」
「しかもあれ」
「俐音?」

 どうしたの? と尋ねた彩に首を振る。

 不自然だった。穂鷹はまるで絵に描いたように不自然極まりない態度だった。
 無理に普段通りにしようと努力してるのが丸分かりだ。

「まぁいっか」

 今更追い掛けてまで何を訊けばいいかも分からない。
 話を聞いて欲しいなら穂鷹から言って来るだろう。

 俐音は穂鷹のことを頭の隅に追いやって、彩に数学を教える事に専念した。




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