前に進むという事



 穂鷹の中にある一番古い記憶から順にさらっても、家族団欒というものを経験した覚えが無い。

 父親は分かり易いくらいの仕事人間で、自分が外で立派に働いてくる事で家を守るという考え方の人だ。

 家と言ってもそれは穂鷹や母親である高奈のいる家庭の事ではなく『成田家』という家柄。

 世間体や体裁を取り繕う。
 そこに一番の重きを置く父親は、あらゆる面において厳格であった。

 叱られては項垂れる穂鷹の背中を軽く叩いて「しゃんとしなさい」と高奈はよく言った。
 だがそれは涙を流す事に対してではなく、父親が頭ごなしに自分の概念を押し付けてくる事に反発心を抱きながらも更に怒らせるのが怖くて、うじうじといじけていたからだ。

 高奈は決して甘くはなかったが、いつも傍にいて穂鷹を見、穂鷹の為であろうとしていた。

 子どもながらに察せられるほど両親の違いは歴然としていて、穂鷹が高奈により懐いたのは当然だろう。

 また、これもありがちな話だが家同士が決めた結婚だった為か夫婦の仲が睦まじいとはいかず。

 それでも不和にはならなかったのは、お互いに干渉し合わないという暗黙の了解があったせいだろう。
 口論さえ起きないほど二人は接点を持っていなかった。


 この上なく不安定な地盤の上に成り立つ家庭だったが、それ以上も以下も無く同じ状態が続くばかりで崩れることはなかった。

 幼い穂鷹もごく一般的な家庭というものに憧れはしたものの、無いもの強請りもせず現実を受け入れていたのだ。

 だが脆いそれはやはり少しの衝撃で意図も簡単に壊れてしまうもの。

 穂鷹が小学五年生の時、がらがらと音をたてるように崩壊した。


 離婚などみっともない真似が出来るかと父親が突っぱねた結果、高奈は別居という形をとり家を出た。

 彼女は穂鷹を連れて行くつもりだったし、穂鷹も当然そうなると思っていた。

 二人の間に子どもは穂鷹しかいない。
 ならば家柄をと常日頃から訴える父親が許すはずが無かった。

 その頃を境に穂鷹の父親への反発心は膨れ上がり、中学の時には反抗期も加わって目に見える形で表すようになった。

 見た目を派手に着飾りタバコを吸い、遊び歩けば父親との折り合いは悪くなる一方で。

 派手な口喧嘩をしては高奈の元へ逃げ込むを繰り返した。
 高奈は呆れを含ませながらも「ほどほどにね」と笑って穂鷹を受け入れてくれる。

 懲りる事のない同様なるやり取りは、父親が妥協案を出す事で一端の終了をみた。

 学校の成績を一切落とさず、大きな揉め事は起こさない。
 これさえ守るなら後は好きにすれば良いと。

 最後まで父親は体裁さえ取り繕えればそれでいいのかと穂鷹は落胆したが、折角の申し出を断る気はない。

 高校一年の夏まで穂鷹は俐音に馬鹿だと罵られるような方法で父親の柵を必死で打ち消そうとしていたのだ。




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