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 俐音達が園芸部から強奪してきた小さな鉢に花を入れて持ち帰ると、特別棟に残っていた二年生のうち、唯一事情を知っていた緒方は複雑そうな顔をした。

 どうやら俐音と響は仲直りしたらしいが、手に持っている花は一体何なのか。

 ていうか、長い時間掛けて何やってきたわけ。
 そんな考えがありありと表情に出ていて穂鷹は笑った。

「ねぇリンリン。まさか今回はその花が犯人でしたーみたいな事ないよね?」
「すごい、その通りです」
「犯罪花連れて帰って来ちゃったの!?」
「ただの悪戯っ子ですよ」

 言いながら、窓際の棚の上に鉢を置く。

「……何の話だ?」

 俐音達が今までどこに何をしに行っていたのかさえ聞いていない小暮と壱都には、会話の流れが理解出来るはずがない。
 小暮がそう尋ねるのも当然だ。

「ちょっと長くなりますけどいいですか?」

 緒方の隣に座り、前にいる小暮と壱都を見た。
 この二人はどんな反応を示すだろう。

 少し楽しみに思う自分がいることに驚いた。





「やっぱ僕もついて行くべきだったなぁ」

 楽しみ損ねたと悔しがる緒方に、小暮は頭を掻いた。
 俐音が静かに語った話は、俄かには信じ難い。

 これまで生きてきて一度たりとも心霊・怪奇現象に遭遇した事がないから、現実のものとして捉えられなのだ。

 壱都はと言えば、聞く前から変わらず俐音をただ眺めるばかりで、その表情からは何も見て取れない。

 神奈と穂鷹も納得しているようだ。

「夏に洞窟の祠で俐音だけに鏡が反応したとき、どう思った?」

 目を伏せて、テーブルに視線を落とした壱都が、自分に問いかけたのだと解るのに少しかかった。

 そんな事もあったなと、忘れかけていた記憶を思い起こしす。

「別に特には。そういう事もあるんだなぁくらいかな」

 どちらかというと俐音が女だと発覚した方が衝撃的で、あまり印象に残っていない。

「うん俺も。だからこれも、視える人もいるってだけじゃない?」

 別に人じゃない何かの存在まで信じてもらう必要はない。
 かく言う俐音だって、幽霊は信じていない。
 それはおかしいだろうと、実はさっきも神奈と穂鷹に散々言われたが、自分で視認出来ない存在を信じるのは難しいのだ。


 ただ嘘にさえされなければ。

 妄想だ虚言だと決め付けて、拒絶さえされなければいい。

 だから穂鷹に嘘をついているとは思っていないと言ってもらえて、どれだけ嬉しかったか。
 ずっとずっとその言葉が欲しかった。

「みんなすごい……ホント、こんなの普通じゃないのに……」

 頭がおかしいんじゃないかって思われても仕方ない、現にそう言われていた。
 気持ちが悪いと。

 それが当然の反応なのだ。
 だから菊だって、女である事は早く打ち明けろとせっついたのにこの事には何も触れていない。

「良かったね俐音。あの子も」

 壱都が穏やかに言った。たったそれだけで涙腺が緩みそうになる。
 目を瞑って何度も何度も頷いた。

 あの子、とは連れて返ってきた花のことだろう。
 窓際に置いた鉢を見る。もうこれで寂しがる事が無ければいいけれど。

「薙刀香需(なぎなたこうじゅ)」
「なぎ……?」
「あの花の名前。ただの雑草だけどね。捜せばその辺にいっぱい生えてると思うよ」

 聞き慣れない名前だ。壱都が知っていた事に一瞬驚いたが、それよりも気になったのはその辺にいっぱい生えているという所だった。

「じゃあ……同じ花がいっぱい生えてる場所に持っていった方が喜ぶかな」
「どして? ここでいんじゃない?」

 もさもさとクッキーを貪る緒方が事も無げに言う。

「鬼頭が世話してあげるのが一番嬉しいんじゃないかな」

 最初に気付いて安心させてあげたのは鬼頭だろ?
 小暮に言われて、もう一度花を見た。

 もう男の子の姿になって現れる事はないけれど。

 ここでも満足するように、毎日ちゃんと世話をしよう。
 それにここならみんなもいてくれるから、きっと寂しくない。



end




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