▼page.3 「なに……」 言いかけて口を噤む。 穂鷹も呆気に取られたまま動けずにいた。 キイ 独りでにロッカーが開いたかと思うと、仕舞われていた教科書がパサリと落ちたのだ。 風のせいなどではない。人間が手にとって落とした動きだった。 夕暮れ時、朱が差し込む放課後の教室で起こる異変。 ゾクリと身体が粟立った。 「ゆ、幽れ……」 「違う、ヒトじゃない。あれは全く別の生き物だ」 全く展開についていけない二人を残して、俐音はロッカーに近づいていった。 「なにを、してるの」 俐音の瞳に映るのは、紫の髪に緑の目をした四、五歳くらいの男の子だ。 確実に目を合わせて問うてくる俐音に、目を見開いて見返すばかりで返事はない。 その反応が、見えるのかと言っているようだった。 「見えてるよ。ちゃんと君の事分かる」 すると今度はおろおろと狼狽えている。 悪戯をしていた事を咎められると思ったのだろうか。 俐音は安心させようと、男の子の紫色の髪を撫でようとした。 だが少年は恐怖に顔を引き攣らせ、何かを叫んだ。 耳鳴りがしたような高音が耳に突き刺さった。 パアンッと派手に教室の窓が割れる。 俐音は咄嗟に両腕で顔を覆った。 「俐音ちゃん!?」 ガラスを被った俐音に穂鷹は慌てて駆け寄ろうとしたのだが出来なかった。 無残に割らその意味はなさずにカーテンが揺れる窓を背に立つ俐音の表情は逆光でよく分からない。 戸惑う穂鷹に苦笑し、俐音はまた少年の方に向き直った。 「大丈夫」 怯える子どもにもう一度手を差し出す。 今度は急には触ろうとせず、一定の距離を保ちながら彼から動くのをじっと待つ。 ほとんど小さな子どもと接する機会など無かった俐音には、どうすれば不安がらせないのかなど分からなかった。 迷いながら、自分がされたときの事を思い浮かべての行動だ。 「怖いね、でも大丈夫だよ」 少年は俐音の心を探るようにただじっと見つめ、恐々と出された手に自身のを乗せた。 「うん、いい子」 少し乱暴めに髪を撫でた。 すると緑色をした瞳を嬉しそうに細めた子どもに、俐音も安堵する。 「あの二人は君が見えないんけど……」 いきなり会話に参加させられた穂鷹と神奈は視覚的に捕らえられない相手がいるであろう場所を見た。 俐音が空中に手を置いているが、多分頭の上なのだろう。 何か言えと視線で訴えてくる俐音だが、一体どうすればいいのか。 未だ全く状況が掴めていないままだというのに。 前 | 次 戻 |