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「何やってんの」

 屋上に行くと、まるでそこが指定席であるかのように、貯水タンクに上るはしごの下にいつも通り座っている神奈がいた。

「……別に」
「別にってことはないだろ、『神奈に嫌われたー』って泣いてたよ」
「あ、そう」

 誰が、とは言わなくても泣いたのは俐音だと気付いている。
 それでも動揺を微塵も見せない神奈に、穂鷹は呆れながら隣に座った。

「俐音ちゃんがこのまま離れてったらどうすんの?」
「行きたいならどこへでも行きゃいい」

 突き放すように、どこまでも淡々と。
 黙り込んだ神奈は無表情だ。

「お前さぁ、来る者選り好みして去る者追わなかったら誰も残んなくなるよ?」
「無理やり居てもらおうとは思わない」
「意地っ張りの子どもみたいだな」

 感情のコントロールが出来てしまう分、厄介だ。
 本当はそんな風に割り切れないくせに。

 もうとっくに俐音は神奈の引いた境界線の内側に入っているはずだ。
 でなければ、俐音が自分の事を話さないからと怒ったりしない。

 そして一度入れた人間を神奈は簡単に突き放したり出来ない。

「まぁ意地張んのは結構だけどさ、教えてくれないから教えないっていうのは何かちょっと違うと思うよ」

 ふいと横を向いた神奈に、やっぱり子どもみたいだと少し笑う。

「ていうか響のせいでこっちまで微妙な空気になったらどうしてくれるワケ」
「知らん」
「無責任な!」

 怒る穂鷹に対して素っ気無い神奈の態度が実に彼らしい。

 だけどこれ以上は何も言う必要は無いだろう。
 あまり続けても神奈の機嫌が悪くなっていきそうだ。

 話を打ち切る意味も込めて、穂鷹はポケットからタバコを取り出した。





ドアが開いた事に驚いて緒方は入口の方を見た。

「あれ? イッチー戻ってきたんだ?そのまま寮帰るかと思ってた」
「うん、カバン忘れた」

 机の隣に置いてあるカバンを持って壱都はまた部屋から出て行こうとした。

「ねぇ、リンリンに変なこと吹き込んでない? 響との仲が修復不可能になりそうな」
「してないよ。そんな事したら俐音がいつまでも気に病んじゃうじゃない」
「ならいいんだけど……」

 よほど信用がないのか、緒方はまだ少し疑っている。そんな緒方の横にいた小暮が間に入るように口を挿む。

「そう言ってるんだ大丈夫だろ。でも正直、素直に慰めて帰ってくるとは思わなかったな」
「二人とも俺に対する評価低いね。でもホント大丈夫だよ。そうだな……もう二、三歩、響が近づいてたら違ったかもしれないけど。今はまだ平気」

 ニコッと笑って「だから安心して」と言い残して壱都は部屋を出て行った。

「何を材料に安心すればいいんだ……?」
「知らないよ、ムリじゃん。イッチーだもん」
「…今は、か」
「まぁなるようになるよ。僕らも帰ろー」

 ぱっと表情を変えて帰り支度を始める緒方。
 その切り替えの早さを心底羨ましいと思いながら小暮もカバンを手にした。




end



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