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「お互いの事を知ってるかどうかで決まるんだったら、顔見知り程度だろうな」

 あっさりと不安要素を肯定した神奈に俐音は言葉を詰まらせる。
 今し方友達だと言ってくれたその口で、今度は真逆の事を言うのか。

 ほんの一瞬、瞳を揺らして顔を背けた俐音に、泣くんじゃないかと思い咄嗟に手を伸ばせば、逃れるように俐音は数歩後ろに下がった。

「……俺のせいにすんな。その距離保ってんのはお前の方だ」

 今神奈と俐音の間には二、三歩程の距離がある。

「近くにいるのに手を伸ばしてもギリギリで届かない。いっつもは内側にいて当たり前みたいにしてるくせに、いざって時はすぐに逃げられる場所だ。絶対俺らにこれ以上近づけさせない」

 強くて、逸らすことを許さない瞳に絡め取られて、瞬きも出来ないままに神奈の言葉を受け取る。
 いや、聞きたくないのに受け取らされる。

「何も話さないのはどっちだ。そもそもここに通ってる理由だって聞いてない」

 直感的に拙いと思った。

 神奈はときどき怖い。
 この瞳に捕まってしまったら最後、隠したい事も全部暴かれそうで逃げ出したくなるのだ。

 神奈も俐音がそう思っていることを薄々感じてかこの距離を詰めようとはしなかった。

 だから自分は何一つ傷つかずに済む場所から一歩も動かなくていい、それでも相手に受け入れられるのだと錯覚していた。

 そうじゃないだろうと神奈は言っている。
 相手の内側に入りたければ、自分の内にあるものも曝け出さなければならない。

 だけど、今の俐音にはその覚悟は無い。

「じゃあいい……。このままがいい」

 ごめん、さっきのは無し。忘れて。
 そう言って歩き出した俐音の手を、今度は掴んだ。

 触れている部分から俐音が小さく震えてくるのが伝わってくる。怖いのかもしれない。

「このままお前が今にも泣きそうな顔してても、抱えてるもんに押しつぶされそうになってるのに気付いてもずっと、見て見ぬフリしてりゃいいのかよ」
「かん……」
「いつまで続ければいい」

 それは詰問のようで、懇願であるようにも聞こえた。

 神奈は苛立ちを隠しきれない声で、それでも必死で感情を抑えようとしている。
 こんな表情をする人だっただろうか。

 やはり俐音は何も知らなかったのだ。
 けれども心はこれ以上近づくなと告げる。

「……ごめん、無かった事にして」

 どうにかそれだけ答えると、俐音は訳も分からず駆られた恐怖心に抗わずに逃げ出した。
 この場から

 神奈から……




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