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 すれ違いざまに誰かも知らない生徒に押し付ければ良かったかな。

 その案を思いついた時には既に手から書類は離れていて、ヒラヒラと宙を舞っていた。

「まあいいか」

 俐音は風に流されながらも徐々に下降していく紙の行方を見守ることなく、教室に戻っていった。

 書類は拾ってくれた優しい誰かが生徒会室まで届けてくれればいい。
 そんな他力本願な事を考えていた俐音だったが、中庭を通り過ぎる時にふと目に入って来た人物に、願いが儚く散った事を知る。

「緒方先輩……」

 先ほど俐音が放り捨てた書類を握り締めた緒方は空を一心に眺めていた。

「リンリン! すごいよ、空から変な紙が落ちてきた。これは妖怪紙降らしの仕業に違いないよ!」
「……期待を裏切って申し訳ないんですけど、それ私が三階の窓から捨てた書類です」
「え、リンリン妖怪だったの?」
「何でですか、人間ですよ!」

 どうしても妖怪のせいにしたいらしい緒方に一から事情を説明し、し終えた時には興味を失くしていた緒方はパサリと手に持っていた数枚の紙を芝生に落とした。

「結局はこうなる運命なんですね……」
「生徒会のだって知ってたら拾わなかったよ。喜んで損した」

 緒方は芝生の上で風に揺れる紙を踏みつけようとしたが、ふと足を止めて俐音を見た。

「リンリンさ、生徒会室って行った事無かったっけ?」
「無いです。行きたく無いです」
「B棟の三階だよ」
「嫌です」

 頑なに首を横に振る俐音に拾い上げた書類を笑顔で押し付ける。
 それを更に俐音が押し返し、すでに所々土のついた書類は、徐々に皺だらけにもなってきていた。

「人生何事も経験だから行ってきなよ。それなりに楽しいかもしれないし。僕は行かないけど」
「そんな無責任な!緒方先輩が言う事は胡散臭くて信用出来ません。一人でなんて絶対無理です、付いて来て下さいよ」
「ふぅん、あーそう。リンリンって僕のことそういう風に見てたんだぁ。へぇー」
「…あ、いや…ついポロリと本音が出たとかじゃなくて…、深層心理で燻ってたものが浮上してきたというか何と言うか……」

 笑ったままなのに一瞬にして空気を変えた緒方に焦り、俐音は言い訳をするつもりが墓穴を深く掘ってしまい、そうと気がついた時には緒方に「えい!」と脇腹を掴まれていた。

「おりゃぁーっ」
「ぎゃっ、ちょっと……だ、そこ、うはっ、ほんと、やめ、ダメですってー!!」

抵抗も虚しく散々脇腹を擽られ、緒方が手を離したときには俐音は立っていられないほどに疲弊していた。

「ふ、腹筋が痛い」
「僕の悪口言うからだよ。罰としてやっぱり生徒会室には一人で行きなね」

 十分すぎるほどに罰は受けたと思われるが、息も絶え絶えな状態の俐音には反論も出来ない。



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