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「ちょっと待って!」
「きゃっ」

 言葉と同時に腕を後ろに引かれ、全力で走っていた彩は体勢を崩して後ろへと倒れこんだ。

 来るであろう衝撃に備えて目をかたく瞑ったが、地面にぶつかる前に背中に何かが当たって、それ以上倒れることはなくなった。

 恐る恐る目を開けても視界が反転しているようなことはない。

「あぶな……ごめん大丈夫か?」

 背後から掛けられた声と、背中に感じる温かさのせいで今の状況を把握した彩は赤面し、それを悟られないように、前を向いたまま、コクコクと頷いた。

「なんか、惑わされてる気分だな」

 相手の言いたい事は分かっているけど、彩は答えられない。

 先日の二度目の遭遇の時、制服を着ていた彩に小暮は男だったのかと訊いた。
 躊躇いがちに頷いた彩にごめんと謝った。

 嘘を吐いた罪悪感にまた彩は逃げ、もう会いたくなかったのに、またタイミング悪くこんな格好を見られてしまった。

 俐音の知り合いらしいと、彼女が女だという事情を知る人だと先に分かっていたならこんな事にはならなかったのに。

 それなら彩だって女だと素直に言えていただろう。
 こんな、会うたびに逃げるなんて失礼な事せずに済んだはずだ。
 顔を合わせられなくて俯いてしまう事も。

「あの、ありがとう、ございます」

 やっとそれだけを言って離れた彩に小暮は少し戸惑った。

 いや、全力で逃げる子を必死で追いかけている自分と、離れてしまって温かさをなくした手が寂しいと感じる自分に。

 気が付いたら彩の手を掴んでいた。
 彩は驚いて顔を上げ、漸く目が合った。

「ごめん、でも逃げられたくなかったから」

 相手が戸惑っているのに気付いていたが、手を握る力を強くする。
 自分よりも随分小さな手のひらが、彩が女である事を示していた。

「やっぱり男じゃなかった」

 前までのように問いかけるのではなく、断定的な言葉に彩は目を逸らす。
 もう誤魔化せない。

 彼は嘘つきな子だと思っているだろうか。信用出来ないと。
 そう考えたら、自分が嫌になった。

 俐音に同じ施設にいたとバレた時も逃げた。
 この学校に来る事になった理由だってそう。

 いつだって自分にとって不都合な場面に遭遇すると、後の事なんて考えずに身を翻して立ち去るのだ。

 そんな弱さが嫌いで、小暮に卑怯で弱い所ばかりを見せてしまった自分が嫌になる。

 俐音の知り合いだとしても、彩にとってはまだ三度しか会ったことのない小暮だけど、悪い印象しか与えていないと思えば辛い。

「ほんとにごめんなさい。あたし失礼な事ばっか……」
「なんで君が謝るの。逃げて当然だろ。俺が考えなしだっただけだ」

 俐音の素性と、理事長の性格を知っている小暮だから、他にも女の子がこの学校に紛れ込んでいても不思議には思わない。

 そしてここに来なければならないくらいの事情があり、ここに居られなくなったらどうなるのか、という所まで考えが行かないわけでもない。

 なのに、初対面でいきなり「女の子?」などと訊いてしまったのは、明らかに小暮のミスだ。

 俐音でさえ、小暮達に女だと告げられなくてずっと隠していたというのに。

「それに、追いかけられたりしたら怖いよな」

 なんか謝ってばっかりだな、小暮がそう言って笑うのを見た彩は足から力が抜けてヘナヘナと座り込んでしまった。

 小暮に掴まれた手だけが上に持ち上げられている。

「えっ、どうした?」
「気が抜けちゃって……絶対嫌われたと思ってたから」

 嫌うって俺が? 思ってもみなかった言葉に虚を突かれたが、そういえば俐音も同じような事を言っていたなと思い至った。

 たとえ自分の居場所を守る為であっても、相手を謀るとそこから罪悪感が生まれてきてしまうのだろう。

「嫌いな奴を必死で追ったりしないよ」

 むしろずっと気になっていた。
 男だと思った時は、ちょっとがっかりした事に自分で驚いた。

 素直にそれを伝えると、彩は目を瞬かせた。

「女だって気付かれたのが、あなたで本当に良かった」

 笑顔になった彩につられて小暮も笑い返した。




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