▼page.7 悩んだ末、ここで凌を押し切ってまであれが欲しいわけでもないと自分に言い聞かせる事にした。 そして、また荷物を仕舞いながら、チラッと凌を盗み見た。 まさか名刺を勝手に捨てられるとは思っていなかったが、彼の態度は至って今まで通りだ。 朝、いつもより表情が柔らかく感じたのは気のせいだったのだろうか。 ただからかわれていただけなら、それでいい。 「お前変な奴に付きまとわれても気付かなさそうだな」 「えぇ? なんですかそれ!?」 どこからそんな話に飛んでいったのか、突拍子も無い凌の言葉に侑莉は思わず声を荒げた。 凌の中ではそれなりに流れがあってそこに行き着いたのだが、一々説明する気はない。 「一人で出掛ける時は十分気をつけろって事だ。そんな抜けた顔してたら速攻で茂みに連れてかれるぞ」 「や、やめて下さい! 香坂さんが言うと生々しいです!」 「どーいう意味だコラ」 侑莉の腕を引いてから冷蔵庫に押し付けた。 もう片方の手を侑莉の顔の隣につけば、簡単に動けなくなる。 目を白黒させる侑莉の細い首を、凌は黙って撫でた。 「ていうか、細すぎだろ」 まだ拘束したままの腕も、少し力を込めれば折れてしまいそうなほどだ。 改めて見てみると、不健康とまでは言わないにしてもよく痩せている。 思い返してみて、侑莉がまともに食事をしている所を見た事がないように思う。 いつも凌が食べ終わっても彼女の皿は殆ど減っていなかったし、凌が席を立って戻ってきた時には何食わぬ顔をして片付けをしていた。 今日の朝だって、凌にと作っていた料理を昼と夜に分けて食べると言っていなかっただろうか。 そして、侑莉がここに来てから冷蔵庫に居座るようになったゼリー類。 「今日の昼は何食べた」 「え? えと……お茶を」 「それは飲み物だ」 急にうろたえ出した侑莉に、やっぱりなと舌打ちをした。 「朝作ってたろ、あれはどうしたんだ」 「あれはバイトに持っていって食べてもらいました」 「人に配りまわってないで自分で食え!」 多分、ずっとこの調子だったのだろう。 侑莉の拘束を解いて凌は溜め息を吐いた。 弟が言っていたのはこの事だったのか、と。 以前、侑莉の弟に頼まれていた。 「もしも侑莉がご飯食べてなさそうだったら無理にでも食べさせろ」 姉と同じ顔をした少年が、姉が絶対に口にしないような命令口調で凌にそう言ったのだ。 あの時は、そんな事知るかと思っていた。 殆ど顔も合わせていないのに、分かるわけがない。 だけど今ははっきりと分かる。 「取り敢えず晩はちゃんと食え」 「え」 侑莉は眉を下げてジッと凌を見上げた。 食欲がないから食べられないという意思の表れだろう。 「自分で食べるか、俺が口移しで食べさせるか」 「わ、わ、食べます! 自分で食べます!」 究極の選択を迫られて、迷うことなく前者を選んだ。 実際にはしないだろうが、凌は真顔で言うから怖い。 前 | 次 戻 |