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 目覚まし時計代わりにしている携帯電話が、昨晩セットし直した時間ちょうどに耳元で鳴った。

 多少睡眠時間が延びたところで、自分の意思とは関係なく起こされると眠気は残るものなのかと、アラームを消しながらはっきりとしない頭で考える。

 着替えて部屋を出るとキッチンに立っていた侑莉が振り返った。

「え? あ、れ香坂さん今日はお休みですか?」
「いや、今から」
「そうなんですか……」

 頭の上に疑問符をいくつも付けたような顔で見てくる侑莉に近づいて、凌は彼女の背後で火で熱せられているフライパンを覗き込んだ。

「焦げるぞ」
「あっ!」

 慌ててフライパンに向き直って作りかけのホットケーキの焼き加減を窺う。

 もう既に出来上がって皿の上に置かれている物を一枚取って、部屋全体に充満している甘い匂いの原因を口に含んだ。

「バターとか」
「いらん」

 一番近くにあるイスを引いて腰掛け、ぼんやりと侑莉の後姿を眺めた。

 普段ならもうとっくに家を出ている時間に、まだ凌はこうやってパンケーキをほうばっている。

 スーツではなく、Tシャツに黒いパンツという格好で。
 侑莉はそれを不思議がっていたのだが、何故と理由までは聞いてこなかった。

 凌もわざわざ面倒な説明などしない。いつもなら。

 いつもならそんな事思いつきもしないのに、侑莉の背中を見ていたら何となく口が自然と開いた。

「今日から移動になったんだ」
「え?」
「昨日までは本社だったけど今日から店舗配属になった。しかも始まる時間が遅いし本社より断然近い」
「それでゆっくりしてるんですか。良かったですね」

 振り返って向けられた侑莉の笑顔は、今まで凌が何度も見た事のあるものだった。

 遡る事一週間ほど前、凌は侑莉を押し倒した。特にその後何があったわけではないが、それで侑莉の態度がおかしくなるには十分な理由だったように凌は思える。

 もしも侑莉に何か変化があって、凌が少しでも煩わしいと感じるなら直ぐにでも出て行けと言おうと思っていたのだけれど、予想は見事に外れた。

 次に顔を合わせたときに侑莉は、仕事帰りの凌に「お帰りなさい」と言って笑った。

 しかもきっちりと凌の分の晩ご飯の用意も万端、とまるで新妻のような甲斐甲斐しさを見せられると拍子抜けもいい所だ。

 あまつ昨日、久しぶりに会った友達である新岳に事のあらましを伝えれば盛大に笑われる始末。

「すげぇー凄すぎる!」
「何が」
「侑莉ちゃんに決まってんだろ。お前の口からこんな話を聞く日が来るとは」

 凌にとっては面白くもなんとも無い。うるさいと睨みつけても、新岳の笑いを止める事は出来なかった。

「でもマジで信じらんないね。凌が同じ空間に誰かとずっと暮らすなんて芸当ができるなんて。しかも実は出て行ってほしくないだろ?」
「は?」
「は? じゃねぇよ。あーやだやだ、この歳で恋愛初心者とか」
「レンアイ? お前馬鹿か」

 凌自身はその当時から馬鹿らしいと思っていたが、恋愛なんて単語を口にするのは青臭い盛りの中高生だけだろうと、同い年で現在は侑莉がバイトをしているコンビニの夜間店長をしている新岳に、呆れながら目の前に置かれていたカップに入っているお酒を飲み干した。



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