がらがらと、襖が開いたのは不吉な丑三つ時の頃合。
「…三成さん」
なまえだった。しかし、いつもの明るい彼女ではなく、まるで物の怪にでも取り憑いたかの様子。
「不躾だな、こんな夜更けに」
「不躾も何も、三成さんはいつも起きてるじゃないですか」
そう話す声にも何時もの無邪気さは消えていた。
丑三つ時の時間の所為なのかと、三成が訝しく思った程。

「それで、何の用だ?」
「…いえ。
三成さんがちゃんと寝てるか心配になっただけです。迷惑でしたよね」
「ああ、迷惑な上に不愉快だ」
失礼しました。
自分に背を向けて、廊下に出ようとしながら言うなまえに、三成は眉を顰めた。

「しかし嘘は更に不愉快だ」
冷たくて鋭い、氷柱の様なそれがなまえの背中を刺す。
「用はそれだけではないのだろう?」
「…」
なまえはしんと黙ったまま。しかしその背は、何となく躊躇しているという風だった。

「なまえ、苦しいなら苦しいと言え。今だけなら許可してやる」
「…みつ、なりさん」
襖が開いた時から、今にも死んでしまいそうだったのだ。
振り返ったなまえのかんばせは、既に濡れていた。

ひでよしさま。
はんべえさま。
三成の腕に飛び込んだなまえは、2人をひたすらに呼んで泣く。
尚更、と三成は思う。
女は憎悪よりも悲哀に沈み、ましてなまえのような女なら。

「私…どうしたら…っ」
「なまえもういい、何も考えるな」

秀吉様や半兵衛様は、なまえを救うことが御出来になっただろう。
しかし、憎悪に塗れた自分ではなまえを救えない。
あの男なら。
私となまえから全てを奪ったあの男なら、寧ろなまえを救えてしまうのではないのか?
そんな忌まわしい考えがふと余儀った頭を三成は正して、
泣くなまえの頭をそっと撫でた。

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