黄瀬が恋している。

森山がそんなことを言った。
男なら、まして思春期ならば、惚れた腫れたの一つくらい全く可笑しくないが、
森山にはたまらなく愉快なことらしく
ずっとニヤニヤしている。

「それが片思いらしいんだよ」


…成程。
聞いていた笠松は妙に森山の気持ちを理解した。



あの黄瀬が恋、しかも片思い。
これは、男なら(特に女子と縁のない奴なら)腹を抱えて笑い転げても全く可笑しくない。

「練習の前にいっつもどっか行ってるだろ?」
「そういえばそうだな」
「あれって会いに行ってるらしいぜ?
『愛しの彼女』に」

見物に行こう!と趣味の悪いことを言う森山に引きずられて笠松は問題の黄瀬の様子を見に行った。



「あれだ」

黄瀬の姿を遠くから確認して、極力気付かれないよう距離を縮めていく。

近付くにつれ、ベンチに座る黄瀬の隣に女子がいるのが確認できた。
黄瀬が大きいので小さく見える。
背中しか見えないが、ツインテールの目立つ少女だ。
隣で「何処の萌えキャラ?」と森山が呟いたのを笠松は聞いた。

「それで、今日は…だったんすよ」

黄瀬は彼女の方を見て笑顔で話しているが、当人は全くの無反応である。

「それで〜…」

30分が経過。

二人は(殆ど森山だが)女子に圧倒的に人気のある黄瀬が全く相手にされていないことを面白く思っていた。
しかし、今となっては見物に来たことを後悔していた。

相手にされてないとかいうレベルではない。

「…」

彼女は黄瀬の存在を意にすら介していない。若干俯いているのを見る限り、恐らく読書かなにかをしているのだろうが、
ここまで熱心に話す人をガン無視できる人などそういないだろう。

「黄瀬が不憫になってきた」
「奇遇だな、俺もだ」

「もう〜!聞いてるんですかなまえっち!」
「…さっきから騒がしいわね。黄瀬君、此処で油を売る位なら練習に行った方が随分マシだと思うけど」

漸く女子が口を開いたかと思うと、それはキツめの第一声だった。

うわ…キツ…。

二人はそんなことを思っていた。

流石に諦められるレベルだが、今まで放置プレイをされていた黄瀬はそんなこと気にしているレベルにいなかったらしい。

「あー!なまえっちやっと反応してくれたっす〜!」
「…貴方のそういう所、寧ろ尊敬するわ」
「なまえっちに好きって言われたっす!も〜俺もなまえっちの事好きっすよ!」
「…良い病院、紹介するわ」
「病院!?なまえっち体調悪いんすか!?」

二人の会話を盗み聞いていた二人の同情相手は既になまえという女子にシフトしていた。

「おーい!黄瀬!そろそろ練習だぞ!
なーにイチャついてんだ!」

ここにきて先輩が行動に出た。

「イチャついてるなんて嬉しっすね…っていつの間に!?」
「うちの黄瀬が悪かったな」
「え、笠松先輩まだ練習まで時間…」
「ほら行くぞ!」
「なまえっちー!!」

尚もなまえの名前を呼び続ける黄瀬を引きずりながら、二人は突然、何かに爪先から脳天まで震えた。

それが、なまえの
「誰がイチャついてるだと」「いたならさっさと出てきて連れて帰れ」という冷たく厳しい主張を乗せた視線だったと、森山と笠松は何となく気付いていた。

「何するんすか!俺となまえっちのキャッキャウフフな時間を!!」

あれのどこがキャッキャウフフ?というか黄瀬ってこんなキャラだったか?
笠松は軽く混乱していたが、同じく黄瀬を引きずる森山が今にも爆発しそうな顔をしていた。


「黄瀬ェ…!!何だよあの可愛い子!!!!」

紹介しろよ!嫌っすよなまえっちは俺だけの天使っす!!

二人の会話で混乱が解けた笠松は、この後小堀に愚痴を聞いてもらいながら泣いたらしい。
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